それはまるで白昼夢のような
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クルモゼ/A5/P44/全年齢/¥700 倭/迦月にあ 合同誌 少年モゼと少年クルの謎解き脱出っぽいお話2本 (本文より) 煩って、苛んで。 爪を立ててはすり抜けていく、貴方はとても狡い人。 きっかけは、今となっては少し曖昧だ。 親とそれほど変わらない年代のはずなのに、関わってみるとその割に偏屈だと感じた。 厳格と言えば聞こえはいいが、ただの頑固ジジィだろうと思ったのが初めの頃。 デイヴィス・クルーウェルは、モーゼズ・トレインと言う教師が、嫌いだった。 ナイトレイブンカレッジは魔法士養成学校の中でも、由緒正しき名門校である。 学園側によって選ばれた者しか通う事が出来ず、賢者の島の中でも独立した立地に学舎を構えていた。 全寮制故に定められた決まり事も多い半面、閉ざされた箱庭のような世界はある種の無法地帯であり、結果として日々起こる面倒事の数も決して少なくはないというもので。 「どうぞ。ご要望の物です。確認をお願いします」 言葉と同時に、数枚の原稿用紙がデスクへと叩きつけられる。 少々乱暴なペーパーノイズに、部屋の主であるトレインが漸く視線を上げた。 一年前。デイヴィスは母校であるナイトレイブンカレッジに、教師として迎え入れられた。 まだ懐かしさを覚えるほど離れてはいないつもりだったが、それでもクロウリーに連れられ校舎内を久々に歩いた時は、在学中との小さな変化にふと目が留まったものである。 その中で、ふとデイヴィスの眼にとまったのは、それこそ在学中に嫌と言う程顔を突き合わせていた人物――モーゼズ・トレインその人であった。 そのあまりに変わらない立ち姿と眼光に、デイヴィスの口から最初に飛び出したのは、恩師との再会に歓喜する挨拶でも打ち震えるような感謝でもなく「まだいたんですか」とどこまでも無礼なものであったのは、確かだ。 しかしそれについては少しばかり物申したい。 確かに口をついた言葉は少々不躾だったかもしれない。 だからと言って、数年ぶりに母校へ戻ってきた可愛い元教え子を前にして、一発目から重めの説教をかまして来なくてもいいではないか。デイヴィスにだって別に悪意があった訳ではない。 本当に素直に「この化石ジジ――もとい、先生まだいたんだなぁ」と思っただけ、なのだから。それがきっかけだったのか、それとも学生時代からの積み重ね故だったのか。 トレインはデイヴィスに対して非常に厳しかった。 暇さえあれば『伝統あるナイトレイブンカレッジの教師としての心得』という有難いご高説を説き、何かにつけてデイヴィスを捕まえたかと思うとあれが不適切だったこれはよろしくないと小言を述べたのである。 極めつけには少しばかり派手に指導をしたデイヴィスに、反省文を書いて来いと叩きつける始末。 もう貴方の生徒ではないとどれほど文句を言おうと右から左。 放棄しようとした結果「始末書の方が良いのなら好きにするといい」と切り捨てられ、二進も三進も行かなくなったのである。お蔭で数年ぶりに反省文を書く羽目になった。 ちなみに今回の反省文は、教師になってから三度目である。 「……随分と時間がかかったものだ」 「お言葉ですが、これでも充分急いだつもりです。何せ同時進行でカリキュラム作成と来週の授業で行う実験の準備があったんですから。加えて毛並みの揃わない仔犬共の世話だ。期限内に提出出来た事を褒めていただきたいくらいです」 「そもそも余計な事をしなければ、こんな物に裂く時間は不要だっただろうに。忙しいと解っていながら手間を増やすとは、ご苦労な事だ」 嫌味を含んだ抗議如きが堪えるはずもなく、デイヴィスが投げ渡した反省文に、本当に読んでいるのかと思う程早々と視線を走らせていく。 本当に学生時代から少しも変わっていない。 年を取って偏屈具合が増したのではないかと思うくらいだ。 そんな正直な感想は一旦飲み込みつつ、デイヴィスはどこか大仰に息をついた。 *** 軽い足音が急いた様子で近づいてきて、扉の前で止まる。それから、ノックを三つ。 「失礼します、クルーウェル先生。少しお時間よろしいでしょうか」 扉越しにもよく通る声に、けれどもクルーウェルは少しばかり眉を顰めて、いらいらと机の端を指先で叩いた。教師同士ならば名を、生徒であれば所属する学年とクラス、それから氏名を。入室の許可を得ようとするなら、最低限告げるべきである。可能であれば、訪問の用件も含めて。 「誰だ」 基本的な礼儀を忘れているらしい相手にわざわざ訪ねてやるのは、躾の前の最後の警告だ。 苛立ちを露わにしたクルーウェルに対し、 「それは……」 今更、何を口ごもることがあるというのか。 とにかく少年は―生徒だろう、おそらく―少しばかり焦っているようだった。 「……とにかくここを開けてください。詳しいことは中で話します」 口調そのものに乱れはない。不測の事態に身の危険を感じているということもなかろう。 「ふむ…………」 これは少々『わからせ』てやる必要がありそうだ。そう判断したクルーウェルは、馴染んだ教鞭を手に取り、流れるような動作で扉に向けた。 「入れ」 短く告げると同時、教鞭から飛んだ小さな雷撃がドアノブを抜けてバチリと爆ぜる。 「……ッ」 押し殺した悲鳴をあげたのは、見慣れない少年だった。癖のある柔らかな栗色の髪を後ろに流し、薄く黄みがかった翠の瞳で睨むように見上げてくる。クルーウェルとて学園の生徒を全員把握しているわけではないが、少なくともリドルよりも五センチ以上低い身長は、充分目立つ特徴だ。ついでにいうなら―子供相手に言うことでもないのは承知だが―好みの顔だ。見覚えがないなど有り得ない―はずである。 少年の背後で扉が閉まると、 「先ほどは失礼した。クルーウェル、先生? まさか本当に君が教師とは。ああ、いや、順番が逆だな。驚かせて申し訳ない。君は信じないだろうが、モーゼズ・トレインだ」 胸に手をあてて―これを輝石の国の伝統に当てはめれば、『神明に誓って真実を述べている』という意味になるのだが―少年は、そう嫌みったらしく名乗る。 「まあ、あなたの名を詐称する生徒はいないでしょう。それで? 一体何をしでかしたんですか? 慎重派のあなたが?」 「……それが記憶になくてな」 「なるほど、老化ですね」 「黙れ、やかましい」 聞き慣れた―けれど今より少しばかり荒い口調。態度こそ強気だが、クルーウェルの言葉に言い返してこないところをみると、精神は身体年齢ほど退行してはいないらしい。 「まったく、学園長から薬学室の主が君だと聞いたからこうして訪ねてみたものの」 伸びをする猫を模した硝子細工に触れながら、少年―トレインは逆の手で自分の顎を撫でる。薬品棚の隅に追いやられているが、そのペーパーウェイトは、かつてトレインに贈られたものだ。 「君は猫派に宗旨替えしたのか」 「残念ながら、俺は犬派です」 「それはそれは。強情なことだ」 「信念が固いとおっしゃるべきだ。俺の取り柄のひとつですからね」 それはそうと、クルーウェルがこれをトレインから贈られたのは、教師になって初めての年だったと記憶しているから、もう六年も前のことだ。 トレインの側にその記憶がないとすれば、 「……トレイン先生。失礼ながら、ご記憶では、ご自身はお幾つなのですか」 「つい先日、四十五を過ぎた。今年は君がこの学園を卒業する年で、……あぁ、なるほど。どうやら私も少し気が緩んでいたようだな」 「は?」 彼が何に巻き込まれたのかは知らないが、生徒の悪戯だとすれば命知らずもいるものだ。だからといって、それをクルーウェルのせいにするのはあまりにも短絡的すぎやしないか。 (一部抜粋)