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クルモゼ/A5/P180/全年齢/¥1200 表紙:ばう 本文:ゆーり/迦月にあ 過去と未来を繋ぐのは、教師としての信念。 憧れと敬意は祈りと共に、闇の底で芽吹く花となって。 ※なんでも許せる方向け※ (本文より) あの雨に耐えたのだから、もう少し生にしがみついていても良かったろうに。 そうすれば、まだ充分、子供達を見守る時間もあっただろうに。 前から来た運動着の二年生が、窓から差す光に深々と溜息を吐いた。オクタヴィネル寮生のほとんどがそうであったように、彼も飛行術が苦手なのだろう。 オクタヴィネル寮といえば、モストロラウンジはまだ健在だろうか。あの三人が卒業した後も、しばらくは営業していたようだが。 そんなことを考えながら歩いていると、名も知らぬ生徒と擦れ違った。 擦れ違った瞬間に足音の質が変わり、苦笑する。 いつの時代の学生も、そんなものだ。 いや―デイヴィス・クルーウェルは別か。 かつての悪童を思い出し、苦笑する。 彼だけはトレインの目の前でも、堂々と走っていた。彼は―いつも、急いでいた。何かに追われるようにして、何かを追っていた。当時の彼が見たかったものを、彼は、見られたのだろうか。 そんなことを考えながら、数歩の距離をゆっくりと行けば、廊下の角に、クロウリーの背中が見えた。 庭に向かって身を乗り出し、 「おやまあ! 今日に限って姿を見せないと思ったら、そんなところにいたんですか!」 芝居がかった大声で、クロウリーは、そこにいる誰かに呼びかけている。が―ホームルームが始まろうかというこの時間に、まだのんびりと庭を通っている生徒がいるとも考えづらい。 何だろうかと気になって、その声が示す方に目をやれば、黒い毛並みの猫がそこにいた。 渡り廊下の屋根の上にちょこんと座り、つんと澄ました少女のように顔を持ち上げて。 「こら! わざとらしく無視するんじゃありません! 聞こえているでしょう!?」 ぴくん、と耳を動かして。 それから、ゆっくりと振り向く。 その所作のひとつすら完璧に、目の引き方を心得ているようだった。 先ほどまで降っていた雨を全て飲み込んだかのような、透き通った瞳と目が合う。 そして―……次には、息を飲んだ。 「みゃ……、…………ぉう?」 まじまじとこちらを見つめ、こてんと小首を傾げる黒猫。雄猫同士で争ったのだろうか、彼の左の眼球は潰れて、もう光を映さないようだった。 いかにも愛らしい姿に、その大きな傷痕は、あまりにも痛々しい。 「さあ、降りていらっしゃい」 きっと彼は、クロウリーの呼びかけに、こたえようとしたのだろう。 だが、その足下にあるのは、雨に濡れた傾斜付きの屋根だ。 隻眼の猫は、ずるっと足を滑らせて、 「ヴャッ」 およそ形容しがたい叫び声をあげた。 とはいえ流石に屋根の縁から転げ落ちるほど不器用ではないらしく、わたわたと元いた場所に駆け上り、それから、取り繕うように一声、 「みぁ」 大して興味もなさそうな返事をする。 ふらふらと黒いしっぽを揺らしながら。 そっぽを向いて目を逸らす彼に、 「さてはアナタ! 登ったものの降りられなくなりましたね!?」 クロウリーの指摘は、図星だったのだろう。 彼はふすりと鼻から息を漏らし、 「にゃ!」 と投げやりな一声を寄越す。 そうしてしなやかにジャンプしたかと思えば、揃えた前足でどすりと着地した。 ―クロウリーの鳩尾に。 「ぅ重っ!!」 クロウリーが悲鳴に近い声をあげる。 その言葉が通じたわけでもないだろうが、 「ふしゃぁあああああっ!!」 急所にクリティカルヒットしただけでは気が済まないらしい黒猫は、毛を逆立てて威嚇しながら、クロウリーのマントの羽根飾りを引きちぎっては投げ、引きちぎっては投げ―……、 流石にその暴挙を放っておくわけにもいかず、トレインは黒猫の首根っこを掴んで、 「やめなさい」 向き合うように睨み付け、ぴしゃりと告げる。 と。 途端に大人しくなった彼は、 「ふにゃん」 と甘えた声を出した。 「にゃ、にゃ」 ぱたぱたと前足を動かし、肩に上ってくる。 野生にしては、随分と人懐っこい様子である。 尻の辺りで支え直してやると、居心地がいいのか、彼はゴロゴロと喉を鳴らした。 そうして幾度か身体を捩りながらベストポジションを探っている彼に、 「なんってことをするんですか、アナタは!!」 そう憤慨するクロウリーの言葉など、聞こえているはずもなく。 「随分ヤンチャだな、君は」 トレインは、苦笑混じりに猫の鼻先をくすぐる。 「イタズラは良くないが、元気があるのは良いことだ」 トレインの言葉に、 「みゃう!」 黒猫はどこか誇らしげに胸を張った。 *** 二十五年前、薔薇の国のとある無人島。 「―クルーウェルくん、デイヴィス・クルーウェルくん!」 本来は穏やかな時が流れているこの島では、現在、至るところで火炎や粉塵、竜巻に水柱までがあがっていた。そこに多くの生徒達の怒号が飛び交い、まさに混沌の地と化している。 その中で、彼らに負けじと一際声を張り上げているのはナイトレイブンカレッジの学園長、ディア・クロウリー。 仮面の奥の金色をキッと光らせて数メートル先を疾走する生徒―まさに今し方名前を呼んでいた人物だ―に追いつかんと、強化した脚力で地面を蹴る。 「クルーウェルくん!!」 一気に距離を詰め、追いついたその首根っこを掴んで、強く引き寄せた。 「ぐえっ」 締まった喉から潰れた声を出す少年に、 「待ちなさい、デイヴィス・クルーウェルくん! 『現地の物で魔法薬の生成は可能』とは言いましたが、誰が爆弾まで作っていいと言いましたか!」 頭の上から怒声を浴びせる。 世界屈指の魔法士に急所を捕まえられた状態で、 「これはこれは学園長。見回りお疲れ様です」 当のクルーウェルはというと、クロウリーの言葉を涼しげに聞き流し、シレっとした態度でクルリと振り返ってきた。その表情に、にこやかな笑みまで浮かべて。 「やだなあ、爆弾なんかじゃないですよ。ほら、ただの傷薬じゃないですか」 「えーえそうでしょうとも、そのまま使えば、ね。でもコレはなんですか」 クロウリーが掲げる小瓶には少し緑がかった液体が入っている。 ちゃぽ、と揺らすと底で固形の何か―鉱物だろうか、が併せて揺蕩った。 小瓶のラベルには魔法式が描かれており、冷却魔法なのか少しひんやりしている。 「あっ、」 「あ、じゃありませんよ。コレ、本来不要なアンタークチサイトを入れたでしょう。この鉱物は日中の温度では融解します。そうしたらこの魔法薬と反応して、一気に熱反応を起こす。ラベルに描かれた冷却魔法の式を時限制にしていれば、完璧な爆弾です」 「え、そうなんですか? 俺は保存のために冷却魔法をかけていただけなんですが。いやあ、知らなかったなあ。それ、何年生で習います?」 「はぁあ? 知らなかったですって? 嘘おっしゃい! んもう! 目を離すとすーぐこれなんだから、ウチの生徒は! 油断も隙もありゃしないったら」 「優秀でしょう?」 「ええ涙が出そうな程にね!」 変わらずニコニコとしたクルーウェルの笑みにクロウリーは特大のため息を一つつく。 『人畜無害な優等生です』とでも言いたげなその笑みに、彼が一年生の時には、何人の教師生徒が騙されただろうか。 「そもそも、どうやってこんなものを見つけたんですか! コレ、結構貴重な鉱物なんですけど」 クロウリーの問いに、クルーウェルは肩を竦める。 「ここ、場所によっては冬並みの気温になる洞窟や渓谷が多いみたいで。探知魔法でちょっと解析して穴場を見つけてきました」 彼は気軽な調子で言うけれど、アンタークチサイトは魔力伝導率の高い、希少な鉱石である。 魔法士見習いの少年が、『ちょっと解析』した程度で見つけられるわけがないのだ。 先述した通り、この鉱物は常温でも融解して流れていってしまう。そのため、通常固形のままでは地表に存在できず、地中もしくは一定以下の気温が保たれている場所でないと見つけられない。 そして今の季節は初夏。 冬場ならばともかく、より条件が厳しくなるこの季節に、実践授業が始まってわずか数刻でこの鉱物を見つけ、手持ちの素材で簡易の爆弾を作り上げたのだ。 四年生ならば辛うじてできるかもしれない。 そんなことを、まだ二年生のクルーウェルが、軽々しくやってのけたのだ。 もう一度叱るべきか、むしろ褒めるべきなのか。 頭を抱えるクロウリーに、 「それより学園長、俺と一緒にいると危ないですよ」 「はい?」 クルーウェルが言った直後、 クロウリーを掠めるように、ごおっと炎の玉が飛んできた。 威力も精度も百点満点のファイアショットだ。 その狙いがクロウリーもしくはクルーウェルという点を除けば、だが。 「キャアアアア! 何事ーーーーーッ!?」 (一部抜粋)