Physical (worldwide shipping)
- Ships within 10 daysPhysical (direct)700 JPY
Physical (ship to Japan)
- Ships within 10 daysPhysical (direct)700 JPY

A5/P24/¥700/クル監 【本文より】 凛と澄んだ闇の真上に、銀色の月がうっすらと微笑んでいる。 ちらちらと夜の吐息が降りる中、冬を寿ぐ妖精達が、きらきらと通り過ぎていった。 街灯が照らす範囲にはもう、私達の他に人影はない。 少し前を行く白と黒の背中に追いつこうと足を早めれば、薄く張った氷が足下で荒い音を立てた。 たったの数歩。 けれどもそれが、冬の夜にはどこまでも遠く感じる。 「先生、」 「ユウ、」 呼ぶ声が重なって、振り返る彼に腰を取られた。 ふわりと浮くような感覚が、鼓動の速さを変える。 「……個人的な呼び名で、」 おどけたような響きを含ませるそれは、けれどどこか懇願にも似て。 「………………………デイヴィス」 まだ呼び慣れないその音は、舌の上に甘さを、唇に苦さを残す。 自分から告白しておいて、踏み込むのが怖いだなんて、今更すぎるわがままだ。 言葉に紛れた白い息が鼻先に触れて、柔い肌の上に薄紅色を添える。 「っくしゅん」 「…………」 マフラーを耳元まで上げようとした、私のその手を覆うように、革の手袋が重なる。 先生が望みさえすれば、こうして簡単に包み込まれてしまう、私の体温。 初めてこの手を意識したあの時より、私の身長は伸びた。 キスまでの距離は、もっと縮まった。 その先には、まだ。 焦らしているのはわかっている。 私がまだ彼を、縋るように『先生』と呼ぶから。 「…………デイヴィス」 私の唇にその名が馴染む頃……きっと、次の季節には、私の奥に刻まれる彼の熱。 そこに思い至らないような子供ではないけれど、彼の瞳に映る幼さを手放せないでいる、私はきっと狡い女だ。 先生の指が、開けたばかりのピアスに触れる。 ぴり、と微かな熱が耳朶を抜けた。 教鞭に下がる首輪のような赤。 炎と血を混ぜて、光に透かした……深く澄んだルビーは、先生の耳元と同じ、シンプルなデザインだ。 「キスを、しても?」 抱き寄せられた緋色の内側。 目を伏せる一瞬、視界の端で、ランタンの灯が震えた。 熱が触れる。 こぼれそうになる感情を、お互いに移しあって。 呼吸の音さえ消し去るような静けさの中、鼓動の音が重なるまで、何度も。 「……ユウ、」 目元に触れた指先が、そっと眦を滑る。 「……帰るか」 きっと。 こんな時は、名残惜しいくらいがいいのだろう。 きっと誰からも信じてもらえないくらい、穏やかに、緩やかに、恋をしてきた私達だから。 胸に生まれた期待は、薪と一緒に暖炉にくべよう。 せめて今夜は、 この冬は、 静かなままの夢でいて。 桜の咲かない五度目の春を迎えたら、きっとそれは永遠の愛に変わるから。 【一部抜粋】