I'll be there
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I'll be there (文庫サイズ/170p) ◯THRIVEというグループのなんでもない話。 ◯デビュー十周年あたりの未来のお話です。お仕事、楽曲、ライブシーン等出てきますがほぼ捏造です。 ◎以前Pixivへ上げた【愛染健十という男についての他愛もない話】を加筆修正して丸ごと収録しています。サンプル部分はその他の部分となります。 ◯差し込みでペーパー的な何かが入ります。ちょっとした短編とか今回のBGMとかのメモになります。 ☆表紙はお友達のよるちゃんに描いていただきました! あんしんBOOTHパック(ネコポス)での発送になります。
I'll be there/本文サンプル
【金城剛士という男についての他愛もない話】 (前略) 青く塗られたスタジオは、それでも不思議と目には痛くない。セルリアンブルーをメインにしているというその景色は、空よりはやはり海の色に似ている。これがホントのブルーバック、と冗談めいて呟いた阿修の言葉にはスタッフが笑っていたから、愛染は肩を竦めるだけにしておいた。 青一色のスタジオには、中央にマイクが三本立つだけだ。 三角形に等間隔で並んだそれは、レコーディング室のマイクに似た、薄い円形団扇のような形をしている。こちらも淡い青色で、向こうが透けて見える。マイクで出来た三角形の中心にはカメラを固定する足とそれを滑らせるレールが円形に敷かれているが、まだ機材の準備は出来ていないようだった。 まだリハーサルも始まらないが、それでもなんとはなしに三人はマイクへ近付いた。打ち合わせも無しに自然と立った立ち位置は納得は出来るが、しっくりは来ない。 ひょい、と軽く片眉を上げた愛染がぐるりと視線を回せば、どうやらふたりも同じ気持ちのようだ。阿修は大きく首を傾げ、金城の眉間には皺が寄っている。 「うーん、なんか違う気がする!」 「一応コンテではこの並びだけど」 うーん、と反対側へも首を傾げた阿修に、小さく肩を竦める。近くにいたスタッフが持つ絵コンテをおざなりに指差しておくが、金城の視線がちらりと流れる前にはその指ごと腕を組んだ。 「愛染、俺と位置交換」 「はいはい」 くるりと翻された手首に従って、ゆっくりと腕を解きながらすれ違う。金城の立っていた場所へ革靴の踵を置けば、大きく傾いていた阿修の首が勢いよくぴん、と立った。 「これだ!」 「ん」 にこり、と笑う阿修に、金城も軽く頷く。そう、と適当に返事をしておいて、愛染は改めてスタジオをぐるりと見渡した。青く塗られたスタジオは、一概に青、といっても、様々な色で不均一に塗られている。視線を戻した先、阿修や金城、もちろん愛染の衣装も、今回は青で統一されている。 「ケンケンの後ろがヘンな感じだったよねー」 「そうだった?俺は剛士に違和感あったけど」 「お前の髪が同化しかけてたんだよ」 「うわ、それは嫌だな」 「ごうちんも衣装が溶けてたよ」 「言えよ」 「動くからいっかなーって」 ふはは、と悪気なく笑う阿修は、髪も衣装も唯一背景から切り離された色をしている。阿修の後ろにはスカイブルーに近い青が広がり、鮮やかな桃色の髪も、こちらも様々な青で構成された衣装も、輪郭がくっきりと見える。揃いの衣装は阿修だけジャケットが無くベストなのも原因だろう。先程は背景に肩が溶けていた金城のジャケットはプルシャンブルーに近い濃い色だったし、愛染のジャケットはそれよりは少し薄い。 こちらは唯一ネクタイの無い金城が、細いストライプの入ったスカイブルーのYシャツの襟を直す。ネイビーのパンツの先に履いた白い革靴のつま先を二度鳴らしたところで、音響の準備が整ったらしい。これからミュージックビデオを撮影する曲の、イントロが小さく聴こえる。音響と言っても、ミュージックビデオでは音は後で被せるから、さほど大掛かりなものでもない。それこそCDコンポやパソコンから音源を流すだけの時もある。 Aメロから金城の足が、その途中から阿修の足が動き出す。本番よりは控えめな動きで、立ち位置を確認するようにステップを軽やかに踏む足元には青いパネルがモザイク状に細かく敷かれている。 お互いに腕を広げれば、指が触れる距離だ。綿密に計算された距離と振付けは、触れるか触れないかのギリギリをすり抜ける。近付いていたヘアメイクスタッフの手が止まった二回目のBメロからは愛染も軽くステップを踏み出した。愛染の後ろを抜けたヘアメイクスタッフは、今度は阿修の斜め後ろへ立つ。まだリハーサルでも無いのだけれどこうして自主練習のようなリハーサルを勝手に始めるのは、THRIVEにしては珍しくもない。スタッフも慣れた様子で、三人のことは放っておいて、準備に忙しない。 ヘアセットを弄られながら、阿修はぴょこぴょこと小さく腕だけを動かしている。割合に背の高い彼が跳ねれば、決して小柄でもない女性スタッフでも手が届かない時があるのは本人が一番判っているし、なんなら今も阿修は若干膝を曲げて立っている。 「剛士、ここの腕なんだけど」 「こっちの方がいいか?」 「うーん、それよりも…」 「ここまで上げるか。阿修はこっち下げろ」 「おっけー!じゃあケンケンは左足ここまで伸ばす方がいーんじゃない?角度も下がるし」 「なるほど」 ちょうど一曲終わったところで、阿修からスタッフが離れた。腰に提げた鞄をテキパキと弄りながら、彼女は剛士の後ろへ向かう。 「あとこれベースのとこさあ、」 「どこの?」 「Bメロの、ドっドってなるとこ」 「うん」 「肩だけじゃなくてこう、腰の…ここ、こうやって」 雰囲気だけの言葉しか出てこなくなる阿修が、リピート再生される曲を無視して小さく口遊みながら踊る。ブラシを入れられながらスポーツドリンクへ口を付けていた剛士が、小さく肩を竦めた。 「いいな、」 「でしょ!」 「確かにそこはベース強めがいいな」 「だと思った〜次が軽いもんね」 うんうん、と大きく頷いて、阿修はくるりと踵を返した。コンテを確認している撮影監督と演出担当の元へ振付けの変更を伝えに行ったのだろう。直前で振付けやカット割りが変わるのも、THRIVEでは特に珍しいことではない。演出によっては、最初からざっくりとしたカメラ割りしか決められていないことすらある。 ヘアメイクのスタッフが離れ、止まっていた足を金城が再び軽く動かし始めたのをちらりと見て、愛染は先程足元へ置かれたスポーツドリンクのボトルを拾う。無言のまま三人分のボトルを置いていったマネージャーは、つい先程スマートフォンを耳に当てながらスタジオを出て行く背中が見えた。忙しい人だ。 「そういえば剛士」 「ん?」 声をかけてから、ボトルへ口をつける。粉末のスポーツドリンクを濃いめに溶かした、THRIVEでは定番のドリンクは、ダンスがある現場では必需品だ。 軽くステップを踏む足はそのままに、斜めに向けられたルビー色の瞳に、くるりと指揮をとるように人さし指を振った。反対の指先で、ボトルの吸い口を軽く拭う。 「曲出来たの?アルバムの」 「あー…」 苦い声と共に、ゆっくりと足が止まる。詳しく聞かずとも判る反応に、愛染は小さく肩を竦めた。声そのままに苦い顔をする金城は、それよりも大きく肩を竦める。 「イマイチ」 「珍しいね」 「そうか?」 そうでもねぇよ、と首を傾げる金城は、ここしばらく、ふたつの曲について頭を悩ませている。今からミュージックビデオを撮影するこの曲も一緒に収録されるアルバムの、後半に入れる予定の二曲だ。 THRIVEももう、デビューして十年になる。その十周年を記念したアルバムの作成は、その後に控える十周年記念ライブの軸となるものでもあった。だから、という訳でもないが、今回のアルバムのプロジェクトは随分と前から進められている。アルバムの発売自体はもう二ヶ月後に迫っているが、金城はほぼ最初の頃から、彼自身のソロ曲と、最後に入れる予定のTHRIVE三人での曲、この二曲だけをずっと迷っていた。 ああでもないこうでもないと曲が積み上げられるのはいつものことながら、一応の完成形を愛染や阿修に聞かせないのは珍しいことだ。彼の基準での曲の形になる前に葬られているのだろう音の数々は、そのまま金城の頭をぐるぐると占拠して滞留しているらしい。 金城が曲で悩むのは確かに珍しくはない。ないが、それはTHRIVE以外での音楽の時が圧倒的だった。金城剛士として組んでいるバンドの曲や、他のアーティストへの提供曲など、彼が生み出す音楽は境が無く幅広く、無限に果てしない。それでもTHRIVEの曲は、体に染み付いているというのか、根幹から出てくるものとでもいうのか、いつも迷いなく、同じ色で、それでいて全く新しい音を放っている。 金城の音楽とはそういうものなのだ。THRIVEの中に在れば、特に。 「いや、珍しいよ。メロディすら聴いてないし」 「あー…聴かせるまでにもいってねぇんだよな」 「ふうん。気合い入ってるよね」 「気合いっつーか…節目だからなあ」 ううん、と口唇の端が曲がる。顰められた眉間はそれでもどこか楽しそうで、愛染はひょい、と眉を上げた。 「節目だから、やっぱ区切りっつーか…」 「なに、解散するわけでもあるまいし」 「そういうことじゃねーけどよ」 くすり、と笑えば、ゆるりと首が振られる。言いたいことは判っているが、金城がこういう話を口にするのは(少なくとも愛染に喋るのは)珍しい。 「節目だから、今までより断然上に登りてぇだろ」 「なになにー?語っちゃって〜」 「おわっ!?」 ひょい、と竦めた金城の肩に、戻ってきた阿修の腕が不意打ちで回る。愛染からはそろりと戻ってきた阿修の姿は見えていたが、あえて黙っていてやった。にやにやと頬を歪めれば、ぎろり、とルビーに睨まれる。 「あっぶねーな、気配消すんじゃねぇ!」 「だってだってー!なーんかふたりで真剣に語っちゃってさ〜!僕も混ぜてよー」 「それと飛びつくのは関係ねぇだろ」 「それは気分ってやつじゃーん」 「気分で驚かせんじゃねぇ」 「えっ、怖かった?びっくりした?ごめぇーん」 「阿修お前、」 「にゃははは、まあまあ落ち着いてごうちん!」 ひらり、と身を翻した阿修を、金城の深いため息が追いかける。自然とマイクを離れた阿修を追って、愛染も動いた。誘導されるようにスタジオの端、長テーブルとパイプ椅子の用意された休憩スペースへ足を向ける。 (中略) 【阿修悠太という男についての他愛もない話】 (前略) 十周年のライブはスケジュールの都合上三日しか日程が取れず、そのリハーサルにも一週間ほどしか時間が割けなかった。広大な会場に組み上げられたセットの中、今日は既にスタッフもほぼ撤収している。 ライブ初日まであと二日となった今日の分のリハーサルを終えた後、ふたりより先にシャワーを浴びて移動の準備を整えたところで、ドラマ撮影のスケジュールが流れたと連絡を受けた愛染は、不意に空いてしまった時間を持て余して、ステージへ戻ってきている。愛染と入れ替わりでシャワー室へ入った金城はこの後スタジオに入る予定があると言っていたから、そろそろ会場を後にした頃だろう。急なスケジュール変更はよくあることだから、空いた時間を埋めることは慣れているのだけれど、控え室に見当たらなかった阿修の姿を探しにふらりと戻ってきてしまった。私服で荷物まで持って立つステージはどことなく違和感が強い。 目立つ桃色の頭はすぐに見つかった。 ライトだけ残してもらったのだろうメインステージの真ん中で、ぼんやりと宙を見上げて座っている阿修に、足音は殺さずに近づいた。数メートルの距離を開けて隣へ立つ。阿修は三階席のあたりをぼんやりと見上げているけれど、特に何を見ている訳ではないのだろう。 「悠太、着替えないと風邪ひくよ」 リハーサルとはいえ、汗はひどくかいている。レッスン着を暑そうに腕まくりしている悠太の腕には、きらきらとライトに反射して細かな汗が光っていた。 「あれケンケンお仕事はー?」 「流れた。明日の朝イチだって」 「そっかー」 膝を抱えるように座っていた阿修が、不意に腕の力を抜く。立てた膝はあぐらをかいて、仰け反るように後ろへ手をついた。振り向けば、なんとも不可思議な表情をしている。 「悠太?」 「十年かーって思ってさ」 「そうだね」 ため息のように落とされた声には、感慨深いような、安堵したような、様々な色が込められている。 「早かった?」 「んー、どーだろ!あっという間ではあったよねぇ」 「そうだね、やっと、って感じもあるけど」 「そうなんだよねえ…すごいことだよねえ」 ぼんやりと宙を見る飴玉のような大きな瞳を横目に見る。すごいこと、に込められた万感を何となく感じ取って、愛染は小さく首を竦めた。一度口唇を指先でなぞる。 「悠太さあ、覚えてる?」 「なにー?」 「解散の話」 「あー……」 ふふふ、と笑う阿修の小刻みに揺れる肩は、ゆっくりと広がった。ばたり、と後ろへ倒れ込んだ彼は目を閉じている。 「あったねえ」 組んでいた足も開いて、大の字に転がった阿修に、愛染もその場に腰を下ろした。ライトの当たるステージは暑く、目の奥が熱い。人生の大半をここで過ごした訳でも、仕事の殆どがステージに立つ訳でもないけれど、やはりここがホームグラウンドだと、立つ度に強く感じる。THRIVEとして立つステージは、高揚と、興奮と、そして安心感を同時に感じる不思議な場所だ。 (後略)