Darling
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2021年1月11日TRC【Ambition’s Bible10】にて発行 Darling はるゆづ/コピー/16p ◯キラキンで写真集の撮影にイギリスへ行った時の話 ◯でも双子しか出ない ◯モブが少し喋ります
本文サンプル
全体的に気温は常に下回るけれど、イギリスにも日本と同様に四季がある。冬は陽の昇っている時間が短いからか一日がひどく長く感じるが、静かで長い冬は嫌いでは無かった。 ただ、ここまで寒かった記憶はあまり無い。 唯月はコートのポケットに入れた両手をそのまま、肩を竦めるように体へ引き寄せた。マフラーに半分埋まった顔を更に引っ込めて、被ったフードの中に閉じこもる。大きなファーのついたフードは大きめで、唯月の頭はすっぽりと隠れられた。マフラーの隙間から漏れる息が白く、視界が滲む。やっぱり耳当ても貰えば良かったかな、と思いつつ、ロングコートから伸びる足をゆっくりと動かした。時折その場で足踏みをしないと、厚手のブーツに包まれた爪先が固まってしまいそうだ。 写真集の撮影に来たのは一週間前だった。数年に一度企画してもらえるユニット四人だけでの写真集は、今回でようやく五冊目になる。今までの四冊はひとつずつ春夏秋冬をテーマに撮っていたけれど、今回の五冊目からはいくつか連作で旅をテーマにするらしい。二冊目の写真集で夏をテーマに、と言われた時にも思ったが、いったいどれくらいの長期スパンで企画を考えているのだろうと、相変わらず千里眼を持っているかのような仕事を仕掛ける朔太郎には半ば呆れてしまったものだ。それだけ長く自分たちの面倒を見てくれるつもりなのだということは判っているから、こちらとしてはどうにかして応えていかなければならない。 旅をテーマにした一冊目、今回の撮影は全てイギリスで行うことは一年前から決まっていた。スケジュールの都合で冬の二週間をロンドンとエディンバラで撮影する予定だったのだが、ロンドンでの予定が半分を過ぎた頃、記録的寒波でオックスフォードに大雪が降った、というニュースが飛び込んできた。ロンドンにもうっすらと積もる程度の雪が降り、すぐに重たい雨で流れていった日のことだ。記憶にある限り、いくら東部でもここまでの大雪は珍しかった。雪は、唯月の膝下まで積もっている。 撮影が順調に進んでいたこともあり、急遽予備日を返上してオックスフォードまで行くことになった。修二の昔の知己だという現地コーディネーターは優秀で、古い大学の施設の一部がすぐにレンタル出来たらしい。積雪を活かした撮影にカメラマンはやたらと張り切って、スタイリストは急遽衣装を追加調達している。元々の予備日とロンドンの撮影を巻いた分の日数しか時間が無い為、ただでさえ短い陽が昇ろうが沈もうがお構いなしだった。今は辛うじて陽がさしていて、待機を命じられている唯月はその僅かな陽だまりにぼんやりと突っ立っている。 イギリスの雪は、雨が混じっていなければぱらぱらと軽い粉雪が殆どだ。ブーツで踏みしめればさくさくと鳴る地面は小気味よく、軽い雪は肩に落ちてもメレンゲのようにしゅわりと消える。べちゃべちゃに濡れない雪は嫌いでは無いけれど、やはりここまで量が多いと大変だろうなとも思う。 それでもきっと、この景色も数日と保たないだろう。日に何度も少しずつ降ることの多いイギリスの雨は、粉雪などすぐに溶かしてしまう。 キラキラと光る白い景色が眩しくて、目を細めた。音を吸収してしまう雪の中、スタッフも周りに居ない今、唯月は不思議な空間に切り取られた気分だ。 「ゆーづき、」 「………はる」 溶けてしまいそう、と思う前に、コートの上から横ざまに腕が回った。背中の方にも反対の腕が伸びていて、左半身がぎゅう、と暖かくなる。 「大丈夫?寒くない?」 「寒いよ」 「あは、だよね」 くすくすと笑う声がフードの向こうから入り込む。唯月は僅かに首を振って、風を遮っていたフードを少しだけ後ろへ落とした。開けた視界に、黄金色が跳ねる。 「はる終わったの?」 「チェック中!だけどたぶん終わったと思うよ」 雪の中、ひとりずつの撮影中で、まずは遙日が撮られていた。すぐに唯月とのショットに移るから、と待機させられてまだ十数分程だろう。明謙と弥勒はもう一時間は待つだろうからと、大学管理局の厚意で暖房を入れてもらっている近くの教室で待っている。 「唯月この衣装めっちゃカワイイけど、顔映らなくない?」 「マフラーはしないよ」 「あっ、そうなのか。えー、でも首寒そう…大丈夫?」 「ふふ、大丈夫」 見た目よりもコートの下に着こませられた服はさすがに暖かく、そもそもコートが一切風を通さないでいてくれる。確かにマフラーを外せば心許ない首元を晒すことになるのだけれど、唯月はまだ暑いよりは寒い方が耐性があった。肩甲骨の間と腰に貼られたカイロもまだ温かい。 「はるこそ、大丈夫?」 「だいじょーぶ!なんかテンションかな、雪見てるとあんま寒くなくって」 「テンションだね。気をつけてね」 「はあい」 小さく肩を竦めれば、背後からスタッフが呼ぶ声がする。遙日と同時に返事を返して、少しだけ細くなっていた陽だまりからゆっくりと足を動かした。まっさらな雪が、さくさくとブーツの下で音を立てる。 (後略)