close of winter
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2021年1月24日ビッグサイト【一つ屋根の下8】にて発行 close of winter はるゆづ+all/コピー/20p ◎節分で大騒ぎする話 ◯はるゆづというよりはなんというか ◯一応全員居ます
本文サンプル
1 結構早く終わったな、と腕時計を確認してから、明謙はくるくると変わっていくエレベータの階数表示を見上げる。高層マンションにしてはゆっくりと昇る箱が見慣れた数字に辿り着く前に、つい数時間前に同居人たちとやりとりをしたJOINのグループトークを思い出した。予定よりも早く仕事が終わったから、夕食にも間に合うし、なんなら買い物も付き合えるよ、と送った文面には、全部準備してあるから早く帰ってきて、という本日の当番の遙日からの連絡だった。彼は今日ずっと唯月と同じスケジュールだったから特段心配はしていないが、全部準備出来ている、とはどういう意味だろう、と明謙は改めて首を傾げる。夕食にしては少し早いし、今日は弥勒も夜に戻るから明謙が早く帰ったところでテーブルにつく時間は変わらない。 時折要領を得ない遙日と、聞かなければ最低限以上の言葉を重ねてはくれない唯月相手では、そこで聞くよりさっさと帰った方が早い、と適当な了承の返事だけを返して戻ってきたのだが、まだあの画面を見ていないだろう弥勒はそこまで含めて眉を顰めるだろう。甘やかしすぎだ、とよく言われるが、弥勒にだけは言われたくないと明謙はこっそりと思っている。 軽やかな電子音と共にようやく到着したエレベータを降りて、玄関へ向かう。鍵をきちんとかけていることに安心して、ドアを大きく開いた。 「ただいまー」 「あ!明謙来た!」 おかえり、とリビングへ続くドアが開いて、遙日の顔だけがひょこり、と出てくる。靴を脱ぎながらもう一度ただいま、と言っていれば、慌ただしく駆け寄ってきた遙日にぐいぐいと腕を引かれた。 「早く早く、」 「わ、なに、ちょっと待って」 どうやらひどく上機嫌らしい遙日は明謙のバッグを持っていってしまう。なんだなんだと急かされるままにリビングへ入れば、ソファに座っていた黒い頭がのんびりと振り向いた。 「ただい──うわっ!?」 いつものように何気なく振り向いた唯月に叫んで、明謙は思わず後ずさる。先にリビングへ入っていた遙日は明謙のバッグを抱えたまま、げらげらと楽しそうに笑っていた。仕掛けられたのだとそれを見て気付いて、改めてソファに座る唯月をまじまじと見返す。 唯月というよりは、唯月が付けている別の顔面の方を。 「おかえり、明謙」 「ただいま……び、っくりした……なにそれ、作ったの?」 くぐもってはいるが平然とかけられたのは唯月の声で、見た目との違和感に明謙にも笑いがこみ上げてくる。こくり、と頷いた唯月の顔には、精巧に出来すぎているお面が被せられていた。精巧すぎてもっとしっかりした素材に見えてしまうが、よく見れば紙に描いたお面である。そこでようやく、今日の日付を思い出した。 「えー、節分の?お面作ったの?」 「そう」 「買い出ししてる時に豆蒔き用の豆買う?ってなってさ、せっかくだからお面も作ろーって」 けらけらと笑いながらもようやくバッグを返してくれた遙日が目尻に滲んだ涙を弾く。なるほど、と明謙も笑いながら、しかしこれは、と改めて唯月を見下ろした。気に入ってでもいるのか、お面をしたまま外そうしない。 「さすがゆっちーだけど、これ鬼っていうか、般若だよ」 「あ、やっぱり?」 「ふは、般若だった」 笑い混じりに指摘しても、ふたり共に薄々自覚はあったらしく、明謙は肩を竦める。唯月がようやく耳にかけたお面を外した。 「鬼っていまいち思い出せなくて…こんな感じじゃなかったっけ、ってはると思い出しながら描いてみたんだけど」 「般若のことは完全に思い出せてるよ」 見せて、と手を出せば、あっさりと渡されるそれはやはり少しだけ厚みはあるものの紙で出来ている。口元などは上手く張り合わせて立体的にしているようで、描画も併せて、よくこんなに精巧に作れたなと感心してしまう。 「ツノとかつけた方がいいのかな」 「いやだからそれ般若だから」 両手の人差し指を立てて自分の額の両端に添える唯月が首を傾げる。画像検索とかすればいいのに、と笑いながらも、恐ろしいお面を返した。受け取ってからじっと自作のお面を見つめる唯月は、おもむろに手元にあった厚紙に手をかける。 「やっぱ般若じゃダメかなー」 「うーん、どうだろう…鬼の顔では…あるけど…」 お茶を淹れてきてくれた遙日からオレンジのマグカップを受け取った。立ったままソファの背もたれに肘をついた遙日は、楽しげに唯月の様子を眺めている。遙日だってこうして没頭している唯月の作業が途中から違う方向に行っていることは気付いていた筈なのだ。明謙よりも弥勒よりも唯月に甘い遙日は、こうしてにこにこと見守っていたのだろう。 「般若も鬼?の仲間?」 「能面だから、鬼ってわけじゃないんだけど…嫉妬したり恨んだりしてる女の人の顔の面だから」 「あー、じゃあ鬼じゃないのか」 「鬼女、は鬼ではないからねぇ」 「人間が一番コワイってやつ?」 それもまた別の話な気がする、と首を傾げる。そうこうしている内に、不意に唯月がぱっとこちらを振り向いた。いつも通りの無表情にも見えるが、深い藍色の瞳はどこかきらきらと輝いている。 「出来た?」 「出来たよ」 はい、と宙に掲げられた般若の面には、いつの間にかその額から二本のツノが生えている。燻んだ金色のそれは厚紙を巻いて作ったようで、先端もきちんと鋭く尖っていた。相変わらずの仕事の早さと手先の器用さに、明謙は吹き出しそうになったお茶をなんとか飲み込む。 「やば!強そう!」 ひゃっひゃ、と再び涙を滲ませるまで笑う遙日に、唯月はどこか満足そうな顔で小さく頷いて、またお面を付けた。長めの襟足も相まって、本当に鬼女にも見える。 「ふふ、これ豆投げたくらいじゃ追い払えないんじゃないの?」 「確かにー…っていうか俺唯月に豆とか投げらんないんだけど」 どうしよ、と顔を顰められて、明謙はまた笑ってしまう。どうしようも何も、別に唯月が鬼役をやる必要はないのではないか。 「まあでもゆっちーそのお面気に入ってんのか……気に入ってるんだよね?」 般若の顔のままじっと見られる経験もそう無い。またも無言のまま、唯月は頷いた。ならば鬼役は譲らないだろう。見かけによらず、ひたすらに頑固なところがある。 「じゃあハルぴょんもお面作って鬼やれば?」 「あ、なーる。じゃあ俺も般若にしよー」 「いや、何でだよ」 ひょい、とソファの背もたれを飛び越えて、遙日はぴたりと唯月の隣へ陣取る。わいわいとまた厚紙を手に取った遙日は、お面を外さないままの唯月と一緒に新たな般若面制作に入ってしまった。明謙は軽いため息を吐いて、苦笑いはマグカップへ隠す。 「そういえばハルぴょん、今日のご飯は?」 「あ、今日はねー、恵方巻き!もう作ってあるからだいじょーぶ」 なるほど準備万端だ、と肩を竦めて、着替えを言い訳に明謙はリビングから撤退した。 弥勒帰ってくるって、と自分で言った時から、明謙も同じような気持ちではあった。リビングのドアから三歩ほど離れた場所で並び立つ双子の後ろ姿を眺めながら、必死に笑いを堪えている。 動画でも撮っておいたら面白いだろうか、とスマートフォンを構えたところで、玄関が開く音が聞こえた。途端、双子はぴたりと会話を止め、姿勢良く扉へ向き直る。笑いを堪える明謙が手が震えないようにと苦心していれば、早々にドアノブが動いた。 「ただい───っ、」 びくり、と肩を揺らした弥勒が瞬時に両腕を上げて構える。思いきり戦闘態勢のそれにもう我慢出来ず、明謙は誰より早く吹き出してしまった。 「あっ、ははははは、」 「いやトノ勝つ気なんだけどこわ」 「頼もしいね」 「……なんだ、唯月たちか…」 「えっ、今!?」 「やられるところだった…」 「あっはははは」 ようやく構えを解いた弥勒に、双子もお面を外す。まだ笑いの発作から抜け出せないものの、明謙は小さく拍手を送った。 「いや、ほんと頼もしかったよ弥勒、あはは、」 「明謙は笑いすぎ…いや家帰ってきてこれいたらそりゃ構えるでしょ」 「ふははは、構えも完璧だったよ、あは、さすが、」 「だから笑いすぎだって…なにこれ、作ったの?」 「そう!唯月が」 弥勒も呆れて笑う傍らで、双子は再びお面をつけている。別に今年で節分が初体験という訳でもないのに、今回は何があったのだろうか。 「トノでこれだからみんなのとこ行ったらもっと面白い反応してくれるかなー?怒られちゃうかな」 「怒られたりは…しないと思うけど…どうだろう…?」 「えー、大丈夫でしょ、行ってきなよ面白いから」 からっと笑えば、双子はそうかと素直に頷き、弥勒はやれやれと首を振る。撮影係でついて行きたい気持ちは山々ではあるが、時計を見れば先程帰り際にマネージャーに言われていた打ち合わせの電話がかかってくるまでもう時間がそう無い。四人の内誰かが居れば、と言われてはいたが、さすがに弥勒ひとりに任せるのも申し訳ない。 「せっかくだから人数居る部屋行った方が面白いけどね。動画撮ってきてよ、僕行けないから」 「明謙が一番楽しんでんじゃーん」 「正直お面付けて一緒に行きたいんだけど、僕笑わない自信が全く無いから大人しく仕事するよ」 ひらひらと手を振って見送ろうとしていれば、そうだ、と弥勒が手に提げていた袋を掲げる。 「そしたらこれ持って行きなよ」 「なに?」 「いや、今日現場でいただいたんだけど、四人だよねってよっつくれちゃって…」 弥勒は今日雑誌撮影だった筈だが、歳上に可愛がられる彼らしく、どの現場でもお菓子や何かを貰ってくることが多い。今日も紙袋ひとつ分持たされたのだろうそれを、弥勒は片手で無造作に取り出した。 「これって、家にひとつでいいもんね」 「ひえっ?」 「わ、すごい…」 「わー、立派な柊鰯」 弥勒が取り出したのは彼の肘から手首ほどの背がある柊の枝。よく見れば造り物の枝と葉のようだけれど、その枝に、焼いた鰯の頭が刺さっている。こちらも良く出来ているが、偽物のようだ。 「撮影で使ったんだって。力作だから是非って」 「なんの撮影で使うのさ柊鰯を…」 苦く笑いながらも明謙はその小道具だったらしい柊鰯を受け取り、まじまじと検分する。確かに良く出来てはいるが、この大きさが若干現実味を無くしていた。見た目の異様さで、確かに魔除けにはなりそうだ。造り物が効くのかどうかは知らないが。 「はい、ちょうどあとみっつあるから」 「やった」 「葉っぱで指切らないようにね」 弥勒から袋を受け取った遙日の隣で、その中へおもむろに手を突っ込んだ唯月が柊の枝を掴む。もちろん既にしっかりと般若面を被っているから、柊鰯を掲げ持つ姿はなんとも言えない奇妙なものとなっている。 「っ、ふふ、ゆっちー面白すぎる」 「行ってくるね。どこなら揃ってるかな」 「あ、キタコレさんはふたりとも居るよ。さっきエレベータで一緒になったから」 「トノナイス!じゃあまずは一番上!」 行ってきまーす、と元気良く、般若がふたり出て行った。 「……あれって豆蒔きでどうにかなるものなの?」 「ふふ、無理だと思うよ」 神妙な顔で般若たちを見送ったまま首を傾げる弥勒にもう一度笑ったのと同時に、事務所からの電話が鳴る。 (後略