fill me in(上)
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12月1日【DREAM!imagination4】にて発行 fill me in (上) 千鶴と巳影/文庫/72p ◯東雲に入学した巳影が千鶴に恋をするまでの話 ◯付き合ってないどころかたいていお互いに興味の無いふたり ●巳影の入学理由、一年生時等捏造 ●巳陽がだいぶ出ます ◎上下巻の上巻となります。 ◯上巻ではまだ恋しません あんしんboothパックでの発送になります。
本文サンプル
(前略) 「お前さんが浅霧か!」 よろしく、と差し出された手を思わず見下ろす。寮のロビーを抜けた先、共有スペースらしい談話室でわざわざ待っていたその人は、巳影の顔を見るなりぱっと顔を輝かせて駆け寄ってきた。巳影の顔と名前を知っているということは、おそらく彼がルームメイトの二年生なのだろう。ひと学年上は巳影たちより人数が少ない関係で、何人かは上級生と同室になる、と伝えられてはいた。いたが、例のばたばたとして放置された一瞬の隙では、名前すら聞けていない。 握手に差し出された手をじっと見下ろす。節の目立つ指と少し厚く見える手のひらには、どうやら何かの胼胝がうっすらとついている。握り胼胝だから、竹刀か何かだろう。剣道か居合いあたりか、と視線を顔へ戻す。わかりやすく爽やかなスポーツマンらしい容姿の彼に、ポケットから手を抜かないまま、小さく頭を下げた。 「ドーモ」 「入学早々大変だったみたいだな?」 「いや、別に……センセたちは大変そうでしたけど」 「そうか?よし、じゃあ早速部屋に行こうぜ」 (中略) 「仁!戻ってたのか」 「一生か。戻ったのは昼だ」 「なんだ、すれ違いか」 「珍しくもないだろう」 ひらり、と一生が手を振った長身だろう男の顔には見覚えがあった。あったというか、新入生以外のこの学園の関係者の中では唯一知っていた顔だ。上手いこと近づければ面白いかもしれない、と弟が言っていた、その張本人。かの有名な竜王グループの御曹司は、画面越しに見るよりはるかに威圧感とオーラが強い。美丈夫、という表現が一番しっくりくるが、そんな表現は漫画や小説の中でくらいしか見たことが無く、巳影は思わず口唇の端が緩んでしまうのを自覚する。 その彼を目の前に異常なほど気さくに話す一生は、そういえば数少ない同期の特進生だった。それは人垣も道を開けるか、と妙な納得をする。 「珍しいと言やあ、お前さんの方だろ。食堂なんて滅多に来ねぇのに」 「千鶴に案内ついでだ」 ひょい、と尊大にしゃくった顎で示された斜め後方、仁の後ろに唯一控えていた細身の男が軽く頭を下げた。恭しく仁へ垂れたソーダ色の頭は、上がると同時に一生を軽く睨みつける。細い肩から滑り落ちた長い三つ編みが揺れて、白い手袋を嵌めた手が慣れた手つきで背中側へ流す。 「おー、槙!久しぶりだな!」 「二度とお会いしたくありませんでしたが」 じろり、と睨んだ瞳を隠すように、にっこりと胡散臭い笑みが浮かべられる。柔和な口調にたっぷり含められた棘が鋭く、巳影は軽く眉を上げた。一生は気にした様子もなく、小さく肩を竦める。 「はは、相変わらず元気そうだな。身長も伸びたか?」 (中略) 「微塵も面白くないです。今後私の手を煩わせないように」 ファイルを引っ手繰るように取り上げて、千鶴はすっと姿勢を正す。いつ見てもきっちりとしすぎているほどぴんと伸びた姿勢で、くるりと踵を返してしまった。三つ編みを揺らして、さっさと教室を出て行く。 「巳影ってああいうのがタイプなの?」 「は?」 何の気なしに千鶴の後ろ姿を見送っていた巳影の肩が叩かれる。首をがくんと上向ければ、にこりと楽しげに笑った柳が見下ろしている。 (中略) 「そんな焦んなくても、愛しの仁さんがすぐに助けてくれるってば」 「ふざけんな」 「素が出てますよ」 「こんなことで仁さんの手を煩わせて……何か脱出の方法は…」 「ねえ、さっきも扉蹴ってたけど、あんま物理攻撃やめてね?これたぶん古い型だから下手すると落ちるよ」 「うるさい。じゃあ何か方法考えろ」 「考えろっていうか…」 だからその内助けが来るのになあ、という見解を言う気にもなれず、巳影は凭れた壁にごつん、と後頭部をぶつける。 「必死だねえ。そんなに急ぎの用事だったの」 「仁さんはスケジュールが分刻みなの。こんなことで左右されていい用事なんかじゃないの」 「それはまあご大層な」 「バカにしてるんだったら蹴るけど」 「蹴らないでよ。さすが竜王のご子息デスネって意味だから」 「口ばっかで何の役にも立たないミジンコのくせに」 「ふは、なにそれ、オレのこと?」 「他に誰が?幻覚でも見えるようになった?頭も使わないとやっぱり腐るんでしょうね」 「ピーチクパーチクよう喋る鳥やな」 「は?」 呆れた笑いと共に思わず溢れてしまった言葉に、千鶴の足がぴたりと止まる。じろりと見下ろす紅色の強さが増して、巳影は片頬で薄く笑ってみせる。 「つい本音が」 「お前…」 「気に障ったならゴメンネ?それともよく言われる?」 「そんなに蹴られたいんだったら早く言ってくれれば良かったのに」 「うーん、別にそういうケはないから別にいいかなあ」 「遠慮はいらないんですよ、というか浅霧の意思はそう関係ないから」 「いやいや、ここでプロレスする気はないんだけど」 へらりと笑えば、革靴の足がひゅっと上がる。ひょい、と首だけを傾ければ、巳影の髪を掠って、千鶴の靴底が壁へ張り付いた。見下ろしてくる紅色は冷たく燃えていて、巳影はにやりと笑って細い足首を掴む。 「あんまり暴れると落ちちゃうよって」 「その時はお前をクッションにするから大丈夫」 「あは、カゲキだね〜?でもそんなに動くと酸素無くなっちゃうから、いいかげんちょっと大人しくしててね」 掴んだ足首を放るように離せば、バランスを崩さないまま千鶴が姿勢を戻す。 「じゃあお前が息を止めろ」 「わお、確かにふたりよりひとりの方が生き残れるネ」 でもヤダ、と巳影は舌を出した。べ、と長く出したそれを軽蔑するように睨み下ろした千鶴に笑って、スマートフォンをしまったのとは別のポケットからキャンディを取り出した。のんびりと外装を剥がしていれば、鋭く舌を打った千鶴がくるりと背を向ける。 「槙サンてさあ」 ぱくり、とキャンディを咥える。視線を上げても、千鶴の姿勢の良い背中は微動だにしない。 「オレのこと嫌いでしょ」 (後略) (下巻へ続きます)