お后さまは大慌て
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32P 「皇帝陛下と40人の騎士」のスピンオフ話です。 私の名前は色部勝長、大陸最大の勢力と領土を持つエチゴの重臣の1人だ。だが3年前から、2人の皇子達の教育係を勤めている。 次期皇帝、皇太子である義明様と弟君の三郎様の学問を教えているのだが、お二人とも非常に聡明であらせられ、教育係の私としてもはだはだ鼻が高いと言うものだ。 当時、陛下に任命された時、私はお断り申上げた。それは教育係は非常に大きな権力を持つからだ。 幼児期における接触は、その後の人格整形に大きな影響を及ぼす。幼い頃常に側に控え、物事を教え教師的な役割を果たせば無意識に特別な相手になるのは自然の成り行きで。しかも〟教師〝の言う事は正しい、と、これも無意識に精神に刻み込まれていくのだ。精神的に、とても近い存在になる。 頼る相手、信頼出来る……それは刷り込みに近い。 今までの歴史上、それはエチゴでも他国でも、幼少からの側近に操られ裏で実権を握られる……そんな事はざらにあった。 そのような事実からも言えるが〟教育係〝の意味は重い。しかもそれが〟次期皇帝〝ならば尚更だ。その重みは計り知れない。 それらの理由だからなのか、教育係になりたいと希望する者達は多かった。誰でも権力に惹かれるものだ。それを責める気はない。 色々考えた私は、初めは辞退申し上げた。皇子達の教育係など、恐れ多いと。 前皇帝より、重臣として仕えてきた自負もあった。教育よりも、政治の舞台こそ私が陛下のお役に立てるのだと。そんな風に色々考えた結果辞退、と申し上げたのだが……皇帝の強い押しもあり、今現在皇子達の教育係をさせて頂いている。 そしてその仕事――とは今は思っていない――は今は、とても遣り甲斐があり充実している。皇子達の成長をお側で見守れる事が嬉しく誇らしい。 老兵ながら、お役に立てている自負。今ではこの命を命じて下さった陛下に感謝している。 義明様、三郎様は夫々違った種類ではあるが、大変麗しい容姿を持っておられる。秀麗な陛下によく似ている義明様、後宮一の美貌を誇っていた愛妾の母君に生き写しの三郎様、キラキラしいお姿は、この老いぼれの目にも眩しい限りなのだ。 元々王室ではそういうものが珍しくないのだが、現皇帝、直江様は余りご子息達に興味がおありになる様子は無かった。激しい気性の前皇帝に似た部分もあるが、失礼ながら直江様は父王を上回る才覚を持っておられる。敵に下す容赦の無い様子には私も不安を覚えたのだが、それでも立派な施政者だと声を高くして言えた。 そんな陛下に異変が訪れた。 今でもご子息に興味がある、と言えばそれは少し違うかもしれないが、それでも以前よりも随分皇子達との接触が増えた。たまにだが、一緒に食事を摂られる事さえある。以前から考えれば大変な変化だ。 この変化は必ずな国に、陛下に、皇子達に良い影響を与えるだろう。それらの原因全てが、1人の人物によるものだとは、たくさんの者達が知っている。 妃殿下――― 愛妾はいても正妃がいなかった、娶る事を拒んでさえいた陛下の最愛の方―――高耶様は何と、異世界から降りてきた聖なる存在、古より伝わる〟導く者〝なのだ。何と言う吉事。 この世界にありえない、と言われる黒い眸と漆黒の髪を持つ、得難い存在。生きてこの目で拝見出来るなど、奇跡のようだ。 この私も古い書物の中でしか知らなかった存在は、見る見る陛下を魅了しそして、陛下の心に〟優しさ〝と言う人間としての大切なものを与えてくださったのだ。 高耶様の降臨に、民も皆喜びエチゴの繁栄と平和を信じている。 皇子達に慈愛を注がれている皇妃様に当然、義明様も三郎様もよく懐いていた。 そして、高耶様である。 どう言う方と? …………… そう……聖なる存在とはとても思えない、とても気さくで慌しく……否、活動的でよく怒りよく笑う、とても人間的な方だ。 人間的過ぎて、よくトラブルを引き起こす……今日も今日とて、こうして、 「義明ッ!」 バンッ 皇太子である義明の私室は、南塔、高耶の私室である王妃の間の近い場所にある。そこ重厚なドアが乱暴にバン、と開かれた。