お后さまは大捜索
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32P 動物を愛でる習性など無い、無論鳥類もだ。自分の息子達でさえ、可愛い、とは別の感情を持っていた。 無論皇子は特別な存在だ。だが直江にとって、庇護すべき存在では無い。それを高耶に言うと怒るのだが、事実なのだから仕方がない。 希薄と言えば、あまりに希薄な感情の波。だが実際は違っていた。 波はあった、激しい波が。 眠っていた大型台風並みの波の全ては、1人の人間へ向っていたのだ。 彼の一欠片でも失いたくない、誰の手にも渡せない。それは当然の直江の理論で正義だ。そうなると当然、高耶が可愛がるものも邪魔になる。それが例え―――可愛い小鳥だとしても。 チチチ 「……」 聞き覚えのある鳴き声に、直江は背後の窓を振り返った。 チチチ チチチ 窓の直ぐ向こうにある木の枝に、見覚えのある物体を発見し直江は顔を顰める。 「……」 窓を開けたのは何となくだった。小鳥の声をよく聞きたい、そんな気持ちは微塵もない。 チチチ チチチ 窓を開けた所為で、高耶の言う所の可愛らしい声、がより鮮明に耳に届く。それでも直江の渋い表情は変わらなかった。 「……」 密かに捕らえて殺す、などと言う発想はない。だが邪魔は邪魔だ。 直江と言う男は事高耶に関する事となると、信じられない程敏感かつ心が狭くなる。 チチチ チチチ 「……」 可愛らしい声に、直江の眉間の皺が深くなった。 チチチ チチチ 鳴く小鳥を暫く眺めていた直江は、唐突にクルッと窓に背を向けた。そして窓を閉める。 無視しよう、そう決めた直江はもう表の小鳥の存在など忘れたように政務に集中する。その内小鳥の鳴き声は聞こえなくなった。 昼過ぎの穏やかな時間は、そんな風に過ぎていったのだった。 「けんたっきーがいない?」 丁度報告に来ていた千秋は早速高耶に捕まっていた。 「そうなんだッ」 掴みかからんばかりの高耶にも、千秋は至極冷めている。 「鳥だろー?飛ぶんだから色々いなくなんだろ普通」 何言ってやがる…… ブツブツ言う千秋の頭を、高耶は殴った。 「痛ってえッ!何しやがるクソガキッ!」 殴る力は思いの他強かった。 痛む頭を抑え凄む千秋にも、高耶の焦りはと止まらない。 「ケンタッキーがッ!」 「……」 「いないんだってばッ!」 「……家出じゃねぇの?」 疲れた調子で呟いてみる。 「ちっがーう!」 ぷりぷり怒る高耶を横目に、千秋は溜息を吐いた。 高耶が小鳥を可愛がっているとは、綾子から聞いていた。綾子は面白半分に千秋に告げ、絶対に何かやらかすわよ、と嗤っていたのを思い出す。 「……」 それが現実になりそうで、千秋としては溜息が止まらなかった。 「違うんだよッ、ケンタッキーはオレが呼べば直ぐ飛んでくるいい子なんだ。こんな何度呼んでも来ないなんて絶対おかしいッ!」 高耶は地団太を踏みそうな勢いだ。 お前は子供か 出そうになってしまった言葉を千秋は、何とか飲み込んだ。 「何かあったかもしれない……」 どうしよう、と高耶は泣きそうだ。そんな高耶に千秋は弱い。結局色々話を聞いてやり、結果として巻き込まれるのだ。 「おいおいおい、お前の護衛はどうした」 こんな時の為の子守だろう、と千秋はかなり失礼な事を考える。 「小太郎はいない」 「……」 「仕事だから」 「……あそ」 俺も仕事あるんだけど、とは無駄なので言わないでおく千秋は賢明だ。 「……それでよ、俺にどうしろと……」 わざとらしく溜息を吐いて見せるが、そんなものが通じる相手ではない。 「探せ」 「……」 「探してくれ」 「……何処を」 「庭」 「……」 一言で庭、と高耶が言った場所は、果ての見えない広大な庭園だ。 「お前な……」 我侭もいい加減にしろ、と厳しく言おうとした千秋はだが、口をつぐんでしまった。 「……」 子供の我侭並だ、と思い一蹴しようとしたのだが、意外にも高耶の眸は必死だったからだ。 「……あの子可愛いし利口だけど、捕まったら逃げられないよ……」 「あのな……」 泣く子には敵わない……泣いていないのだが。 「……っつったく……」 髪を掻き毟り、千秋は溜息を吐く。 「しょうがねぇ、一応探してやる」 俺ってやつは……心の中でボヤく千秋は哀れだ。 「千秋ッ」 だが途端に笑顔になる高耶は、可愛くない事はない。世の中から神聖視され窮屈な思いをしている皇妃にとって、こんな風に我侭を言える相手は極限られている。それが分かっている千秋だからこそ、こんな風に結局は力になってやるのだ。 「暇そうな部下に声掛けて捜索だ」 実際暇な者などいないのだが、皇妃様の頼み、と知れば皆進んで捜索に加わるだろう。 この際皆巻き込んでやる……良い性格をしてる将軍は心の中でそくほ笑んだ、基本部下思いなのだが。 「でもな、期待すんなよ?」 「分かってる」 「見付かんねぇ可能性の方が高いんだからな」 「うんうん」 嬉しそうに高耶は、何度もこくこく頷いた。すっかり小鳥が見付かったような顔になっている。 「……」 本当に分かってんのか? 千秋は疑いの目を高耶に向けた。 「おい」 「分かってる分かってるでも……見付かる気がする」 「そりゃ良かったな」 投げ遣りに答えても、高耶の笑みは崩れなかった。 「よし、早速捜索だ、千秋」 来いよ、とぐいぐい引っ張られ、哀れ将軍は空きっ腹を抱え庭に連れ出されてしまった。 「将軍?」 高耶に引っ張られる形で回廊を歩く千秋の姿に、通りかかった部下は怪訝な顔をしている。無理もない、まるでその姿は〟連行〝なのだから。 「ああ、丁度良かった、お前ちょっと来い」 「はい……?」 一体何事なのか? 疑問を顔に貼り付けている部下には答えず、高耶と千秋は庭に向った。その際擦れ違う兵士兵士に声を掛けまくり、やっと庭に出た頃には、 「すごいなー」 総勢、50人は超える人員が集まっていた。 兵士達は戸惑ってはいるが、将軍の前でピシ、と姿勢を正している。 「……」 「……」 「……」 「……」