お后さまは大はりきり
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忘れる訳がない、ずっと気になっていた。それでも日々 忙しくばたばたしていた高耶は、Xデーがまだまだ先だが、 今の内に決めておかないと大変な事になってしまうのだ。 パタパタパタ 「皇妃様?」 靴音をパタパタさせて回廊を走ってくるエチゴ皇妃の姿 に、衛兵が普段殆ど動かさない目を丸くする。 「あ、八海何処にいるか知ってるか?」 走っていた高耶の息は、ゼーゼー乱れていた。ここに当 の八海がいれば、廊下を走るものではありません、と小学 生のような事を言われていただろう。 普通の者なら高耶に話しかけられなどしたら、緊張で固 まってしまうだろう。だが城内の衛兵達は慣れているのか、 それ程驚いたりしない。 「はい、宰相様なら先程陛下と議会の間にいらっしゃるの をお見かけしました」 「そか、邪魔して悪かったな」 とんでもございません、と衛兵が頭を下げる前に再び、 高耶は廊下を走って行ってしまった。 パタパタパタ 城内は広大だ。高耶のいた世界でも、巨大な建築物は多 く存在する。歴史的なものであればベルサイユ宮殿、シェ ーンブルン宮殿、紫禁城など様々。だがこのエチゴの王宮 に比べればその規模は… … 比べるまでもなかった。 巨大、と言うが高耶の基準では〟巨大〝の上の上の上の 上のそのまた上の… … と、想像を絶する広大さのエチゴ王 宮は豪華さでもまた同様で。 そんな王宮は当然、歩き回ったり走り回ったりするのも アスリートの心構え、が必要になるのだ。 だが、既に5年経った。5年経てば、王宮内の構図も把 握出来てくる。使うエリアもそうだ。実際使われていない 部屋やエリアも沢山あるので、更に行動範囲が絞られてく るのだ。 5年の内に〟高耶のエリア〝も自然と出来上がっていた。 使う場所など実は、少ないものなのだ。 パタパタパタ 広大な城内を皇妃は、走っていく。切羽詰っている訳で はないのだが、気分的に焦っているので走ってしまう高耶 だった。 「はーはー… … 」 顔見知りになっている議会の間、の前に立つ衛兵が高耶 き気付き恭しく礼をとる。 「ただ今お知らせして参ります」 「いやいいから、自分で行くよ… … 会議終わったんだろ?」「はい先程」 重臣達を集めた議会は先程終わり、今は直江と八海だけ が広い部屋にいる。 コンコン 「入れ」 返って来たのは八海の声だ、衛兵だと思っているのだろ う。 「今いいか?」 だが、ギギ、と小さい音がして開いた扉から顔を覗かせ たのは、 「皇妃様 ?! 」 高耶だったので当然慌ててしまう。 「これはこれは… … 」 立ち上がった八海が謝罪の言葉を口にする前に、高耶は にこにこしながらあのさ、と言った。 「ちょっと話あんだけど」 ぽてぽて歩き直江の斜め横の椅子に腰を下ろす。 「では私はこれで」 テーブルに広げられていた書類を集め出す八海に、高耶 は待ったをかけた。 「あ、八海も」 「私もですか?」 「うん」 にっこり頷かれ、八海は上げかけた腰を戻す。 「高耶さん」 これまで黙って見ていた直江が、自分の前にあるカップ を高耶の方へ差し出した。今までここには直江と八海しか いなかったので、高耶にお茶を淹れる者がいないからだ。 カップを手に取り直江ににっこり笑うと、高耶は手を付 けられていないお茶をこっくり飲む。 「あのね」 窓から差す光に、高耶の黒い髪がつやつや光っている。 身を乗り出した高耶に、直江と八海は集中した。 「もう直ぐ義明の誕生日なんだよ」 にっこり 高耶は嬉しそうだ。 「あいつ 10歳になるんだよなー、 10歳にしてはデカいよな、 大人っぽいし格好良いし確りしてるし優しいし弟思いだ し」 「はいはい」 延々続きそうな親ばかっ振りに、直江が待ったをかけた。 「それで何ですか?」 「うん、それでさ… … どうすんの?」 高耶の問いに、八海が首を傾げる。 「どうすると申しますと?」 「だからお祝い」 はあ、と頷いてから老宰相は頷いた。 「当然お祝いをさせていただきます… … 例年通り大広間に皆が祝辞に訪れるでしょう」 毎年義明、三郎2人の皇子の誕生日には王宮の大広間で 大々的に行われる。エチゴ内外の主だった者達が祝賀に訪 れ皇子を祝うのだ。他国からは贈り物を祝いの書簡が、使 者によって届けられるのだ。 「何か問題でも?」 今年も当然その準備が進んでいる。国家行事なのだ。 不思議そうな八海に、高耶は少しすまなそうで殆どが楽 しそうな顔で、八海にとっては驚くべき事を言った。 「それさ、今回無しにしたいんだけど」