お后さまは大暴走
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初恋は何時ですか? 「むぅ~んんん」 ぽりぽり 「ぅむむむぅ~~~~ん」 かきかき 「ぅ~~~」 巨大ベッドの上で胡坐をかきたまま、エチゴ皇妃様は頭を抱えていた。 「うーんうーん」 「……あの?」 全力?で悩んでいる后に、皇帝である直江は恐る恐る声を掛けた、が、 「ぅむむむむ~ん」 「……」 そんな声に気付く様子は無い。 ぽりぽり 頭を掻きつつ唸る高耶は見ていて中々に面白いが、自分の存在を忘れられるのは如何なる事か。 「……」 とりあえず、出来るだけそっと近付いてみた。そんな事しなくても、高耶は気付いたりしないのだが。 腕を上げ、ぽん、と肩に手を置いた。〟ぽん〝軽くそんな感じで。 直江の名誉の為に言っておくが、決して驚かそうとか強く手を置いたとか、そんな事は無かった。本当に優しく軽く〟ぽん〝だ。だがこれに対する后の仕打ちは酷いものだった。 「ひわッ?!」 お前はミスター黒ひげか!と突っ込みたくなる位、面白く高耶は飛び上がってしまった。 「た、かや、さん?」 リアクションの大きさに、直江の方が驚いてしまう。 「だ、いじょうぶ、ですか?」 飛び上がるとそのままベッドに着地し、四つん這いになった高耶は背中と肩でゼーゼー息をしていた。 「……」 「ッ」 バッ、と上がった顔には、恐ろしい、日本的に言うと般若にも勝ってる背筋も凍る形相が浮かび上がっている。 「う」 皇帝、思わず息を飲んだ。 「……てんめぇ……」 聞いた事もない低い声は、地の底から響いてくる。怖い、怖いけど何とかしなくては。 「……あのぉ……」 「あ・の・ぉ?」 語尾の上がり方がオソロシイ。 「……いえ……その……ごめんなさい……」 しゅん、とした直江に尻尾があれば垂れ下がり、足の間に挟まれているだろう。 「まぁ分かりゃあいい」 ふん、と鼻を鳴らした高耶は再び、胡坐をかく。そんな高耶の横に、直江も腰を下ろした。 「それで高耶さん」 「あ?」 「何をそんなに悩んでいるんですか?」 「あ?ああ……うーん……そうなんだよなーどーしよーかなー」 再び考え始めてしまいそうな高耶を、慌てて直江は引き止める。 「何ですか?俺にも話してください」 高耶のものは全部欲しい、それは思考さえも。そんな傲慢男は当然のように手を伸ばし、肩を抱き寄せた。 「うん、あのさ」 「はい」 「あいつらの事なんだけど」 「……ああ」 一気に直江の声のトーンが下がった。 高耶の言う〟あいつら〝とは2人の皇子を指す。チ、と高耶に気付かれないよう舌打ちをする皇帝は、自分の息子にさえも嫉妬する、ある意味危ない男なのだ。 そんな夫の様子に気付かない高耶は、うんうん頷きながら説明を始めた。 「皇妃様」 「へ?」 天気が良かったので、何時もの中庭に腹這いになって本を読んでいた高耶は、頭から降って来た声に顔を上げた。 「開崎?」 「お邪魔をして申し訳ありません」 「うん?」 「今、少しお時間よろしいでしょうか」 「別にいいけど」 むくり、と躯を起した高耶は、柔らかい草の上に胡坐をかく。開崎は高耶に合わせて、片膝を着いた。 「義明様三郎様の事です」 「へ?」 意外な言葉に、高耶は首を傾げてしまう。 「あいつらがどうした?」 「はい……実はお二人が先程私の所にいらしたんですが……学校に行きたいと仰られて……」 「学校……」 そう、高耶が2人を街の学校へ連れて行ったのは、つい10日前だ。初めは色々心配だったが、連れて行って良かったと思っている。同じ年代の子供達と触れ合う事は、2人にとって必要だと改めて高耶は感じていた。だが、帰るぞ、と言うのが躊躇われる程楽しそうだった割には、また連れて行け、とは言われていない。だが、 「……開崎に、何て言ったんだ?」 我侭でも言ったのか? 心配気な顔になる高耶に、開崎は少し表情を緩めた。それが分かった高耶は少しホッとする。実際は開崎の表情に殆ど変化は無いのだが、そこは高耶、周りにザ☆無表情、が多いので分かってしまうのだ。 「学校が少ない、もっと沢山作ってもっと学校でいっぱいにしろ、と」 「……」 まぁ、分からなくもない。 「お二人はまた行きたいそうです」 何処へ、とは言わない。 「……分かってるけどな」 出来れば毎日でも連れて行ってやりたい。だが2人は皇子で、やらなければならない事があるのだ。 「たまには連れてこうとは思ってる」 「そうですか」 淡々とした返事だが、高耶には開崎が喜んでいるのが伝わってくる。だから苦手だったこの財務担当の大臣を、少し好きになったのだった。だが、その様子を見ている4つの目の存在に、高耶も開崎も全く気付いていなかった。 色部のレベルの高い授業も楽しい。兄弟2人で勉強するのもいい。だが、小さな教室で〟皆〝で勉強したり遊んだり、そんな時間の楽しさを忘れられないのだ。 外であんな風に走り回るなんて、今まで経験した事がない。ボールを投げて追い駆けて、地面に絵を描き皆で楽しむ。大人びた女の子に言い寄られても、それもまた困ったが嫌では無かった。時間があんなに短いなんて、と2人は強く強く感じたのだ。 「義明様?」 「……」 「三郎様?」 「……」 エチゴの歴史の授業をしていた色部は、2人の反応が無い事に気付き見てみると、 「……」 ぼんやりと眺めている窓の向こうには、高耶と開崎の姿が見えた。それが気になるのか、皇子達は完全に授業を忘れているようだ。 「ぅおっほん」 「あ」 「え?」 わざとらしい堰払いに、2人は慌てて振り返った。 「聞いておりましたか?」 厳しい声に、2人は思わず顔を見合わせてしまう。そして直ぐに、バツの悪い顔になってしまった。 「……すみません……」 「……」 申し訳なさそうにしている子供達を見て、色部はふぅ、と溜息を吐く。 「義母上がいますね」 「はい」 「……」 三郎もこくん、と頷いた。 「一緒にいるのは大臣です、きっと政務のお話でしょう」 高耶は確かに色々と未熟だが、政務を司る者としての才覚を色部は認めていた。皇子達がそれを側で見ている事は、良い作用を起すだろう。だが、今は授業中だ。ケジメは必要なのだ。 「では授業を再開しますが、今度はきちんと聞いていてください」 優しい色部の声に、2人の皇子は素直に頷いたのだった。 「それで?」 開崎との会話を簡潔に伝えた高耶は、少し安堵した顔になっていた。やはり直江に聞いてもらうと、心も頭も軽くなる。 説明が終わっても、直江の顔はどこか不機嫌だ。だが高耶は分かっているのかいないのか……恐らく知ったこっちゃないのだろう、涼しい顔だ。 「それでさ、また連れてってやろと思うんだけど……急には無理だろ?警備とか根回しとか」 「ああ、それは八海でも八神でも言えば」 「でもなぁ」 何となく、私事で使うのは悪い気がしてしまう。そんな高耶の気持ちが分かっている直江は、何処か呆れ顔だ。 「高耶さん、散々勝手我侭で振り回り迷惑をかけているんでしょう?今更じゃないですか」 「……」 確かに、だが直江に言われたくはない。それに、やりたい事を何でも聞いてやる気は高耶には無かった。子供は甘やかさない!……と言いつつ、何でもかんでも叶えてやりたい部分もあるから複雑だ。 「それに将来エチゴを動かしていく者達です、やって無駄な事はない。今の内に市井に多く触れる事は、未来の施政の役に立ちますからね」 「ふむふむ、お前はあいつらが学校へ行くの、賛成なんだな?」 ここで一度ハッキリ、言質を取って置くのもいいだろう。後で煩く言った時に使えるし……この辺りの思考は、リーマン時代に培われたものだ。 「賛成と言うか」 「何だよ、ハッキリしろよ」 冷たい目で言ってやると、男前の皇帝ははぁ、と溜息を吐いた。 「まぁ……悪くないとは思いますよ」 「悪くないぃ?」 ギロリ 「……悪くない……と言うよりは」 「言うよりは?」 この辺の追求は、鬼のようだ。 「……良いですね」 「だろ?」 「……はい」 ニヤリ、と嗤う高耶の背後に、尖った黒い尻尾が見えたのは気の所為……じゃあないだろう。 「まぁ心配すんなって、あいつらだって自分の立場は分かってるし。我侭言ったりしないだろう?」 高耶の親ばか発言に、直江は肩を落としてしまう。 「宮殿じゃあ出来ない事はいっぱいあるんだぜ?」 そう言って笑う高耶は確かに、魅力的過ぎて直江は苦笑を浮かべるしかなかったのだった。