皇帝陛下と黄金の波
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184P 異世界トリップファンタジー第9弾 10年に一度の豊穣祭はだが、意外な程質素なものだった。 これに比べれば、王都で行われる建国祭や天下一武道会の方 が、それはもう派手で皆街中大騒ぎになっている。だが、こ れは初めに聞いたように、宗教的色彩が強い。だから高耶は 反対に地味な事に納得していた。 今高耶は、直江と並び街の大聖堂の正門に立っている。小 金色の田園の中にポツンと飛びえ立つ教会の周りには、何時 もから比べれば、考えられない光景が広がっていた。数百人 の兵士達が、まるで蝋人形のように微かにも動かず豊穣祭を 見守っている。 礼服を着た高耶と直江はまず一礼した。手には一本の短い 麦の穂が、真紅の柔らかかな布に包まれたものが握られいて る ギ 。 ギギ、とかなり大きな響きを立てて大きな教会の第二の 扉が開かれた。 「…… 」 そこには真っ直ぐに祭壇まで続く道が出来ている。手に持 っているものと同じ、真紅の布が敷かれていた。その上を一 歩一歩、2人は並んで進んでいく。教会内の壁側にはズラと 僧達が並び頭を垂れていた。絶対に顔を上げな僧達の間を歩 き、高耶と直江は祭壇に辿り着く。 「…… 」 ふぅ、と深い息を吐いた。無意識に緊張しているらしい。 チラ、と見上げた直江の顔には、何時もの〟外向き〝である 無表情が貼り付けてある。 今日は本番だった。珍しく一人で起きた高耶は、何処か荘 厳な空気の中、歩いていける短い距離の中、馬車で直江と供 に教会へ運ばれたのだ。 確かに地味だ、地味、と言うより〟静〝だろう。だが、違 う意味の迫力がこの祭にはあった。 重々しい空気と、伝統を感じさせる重厚感。だがそれは、 決して悪いものではない。そんな中始まった豊穣祭に、高耶 は臨んでいた。 巨大な祭壇の前で止まると、そこには成田老が滅多に見な い正式な礼服を着て立っている。この祭を執り行うのが、成 田老だ。 「両陛下、こちらへ」 「…… 」 チラ、と高耶が見ると、成田老の横に頼廉が立っている。 「…… 」 その表情に高耶の動きが一瞬止まってしまった。 「高耶さん?」47小さな声で囁かれ、高耶はハッと我に返って首を振る。 「何でもない…… 」 いけないいけない、今は余計な事を考えては。成田老もそ んな高耶に心配そうな顔になったが、一瞬で掻き消した。 「どうぞ」 高耶の役目自体、難しいものではない。難しいどころか簡 単なものだ。打ち合わせ通りにすれば、失敗などしないだろ う。 「…… 」 よしッ、心の中で気合を入れ、予定通り直江と揃って赫の 布に包まれた穂を祭壇に差し出した。ここで僧が、穂を乗せ る台を差し出す事になっている。 「これへ」 頼廉が背後を振り返り声を掛けた。そこから一つの影が出 来てたのを高耶は見詰めていた。祭壇の脇、丁度高耶の死角 になっていたそこから出て来たのは僧の服を着た人間だった。 俯いている為顔が見えない。見た感じ若いようだ。 「…… 」 緊張しているのか、僧の足取りは覚束なかった。ゆっくり と近付いてくる僧を、高耶はジッと見詰めていた。そしてや っと両陛下の前までやってきた。 僧は手に持った銀色のトレイを、2人の前に恭しく差し出 す。ここに穂を乗せればいいのだ。 内心高耶はホッとしていた。これで半分が終わったからだ。 後は皆で祈りを捧げ、元来たように教会を後にすればいい。 だが、 「ッ」 その瞬間、声を上げなかった自分を誉めてやりたい。手に 持った穂は、運良く床ではなくトレイに落ちたのも高耶にと って幸いだった。 「…… な…… ッ」 無意識に抑えられている声だが、当然横に立つ直江には聞 こえている。 慌てて勢い良く横の直江を振り返ると、 「…… 」 皇帝は険しい顔で高耶が見て驚いたもの――― 僧を睨み付 けていた。成田老は驚いたのは一瞬で、直ぐに無表情を身に 着けている。 「…… 」 だが、高耶が一番立ち直るのが遅かった。無理もない、 当事者 ・・・ なのだから。 立ち尽くす形になった高耶を嘲笑うかのように、頼廉が僧 に頷いた。それを見て僧は、静かに下がっていった。だが、 高耶に与えた衝撃はまだまだ残っている。 「…… 何、だ…… 」48 トレイを持って来たのは、まだ少年の僧だった。少年の僧 …… それが珍しいのではない。国内の様々な教会には子供の 頃から教会に入る者も少ないがいる。高耶が直江が、成田老 が凍り付いたのは、 「…… あれって…… 」 顔を上げた少年僧が、 「オ、レ…… ?」 高耶によく似ていたからだ。 「…… 高耶さん」 まだ終わっていない。直江は小さい声で高耶に呼びかけた。 「…… 」 高耶だって、伊達に色んな修羅場を潜っていきた訳じゃな い。直ぐに表向きだが平静を取り戻し、大きく息を吐いた。 それからは、予定通りに式は過ぎていった。祈りが終わり 両陛下が静かに教会を後にする。教会を出ると、兵士達は先 程とは違う位置に着いていた。先程乗ってきた馬車へと道を 作るように、ピシ、と直立不動で並んでいる。その光景は壮 観だった。 北朝鮮のマスゲームを思い出してしまった高耶は、嫌なも のと比較してしまったと、内心兵士達に詫びてしまう。 「高耶さん」 直江の促す声と共に、剣を構えたポーズがロボットのよう に見事に動いた。 ザ、ザ、ザ 3度動き、再び止まる。その間を通り、2人は馬車に乗り 込む。そこで人目が消え、やっと高耶は躯から力を抜いた。 そして、 「…… 直江…… 」 真剣な声に、直江は頷く。 「ええ、見ましたよ」 あの少年僧…… 高耶とよく似ていた。否、似ている、と言 うレベルではない。髪は明るい茶色で眸も同じ色だったが、 それを黒に変えてしまえば高耶とそう変わらなく見えるだろ う。一卵性の双子のように、見分けが付かない、とまではい かない。細かい部分を見れば、違いは沢山あった。だが、誰 もが息を飲む程には似ていたのだ。 「…… どう思う?」 「どう、とは?」 「だから…… あんなに似てるのって普通じゃねぇだろ?それ もわざわざこんな場所に出てくるのってもっと」 普通じゃねぇよ、とぼそぼそ呟く高耶に直江は無言で頷い た こ 。 の街の教会が、何やら怪しい動きをしていると報告して きたのは小太郎だ。教会と言えば、責任者は頼廉。直ぐに頼 廉の経歴を洗うよう命じたが、それについての報告はまだ来 ていない。49遅い、と一言では言えないだろう。小太郎の率いている風 魔は、この大陸のどの謀報活動より優秀だ。逸材を集めた組 織をもってまだ、結果は出ていない。 結果と言えば、一つだけ報告を受けていた。頼廉には弟が いる。頼竜と言い兄と同じ僧だが、問題を起こし出奔した。 だがここ最近、この街の近くで姿を見たと言う情報も入って いた。 「確かに普通じゃないですね」 「だろ?」 不審を拭えない高耶はだが、盛大に寄った眉根を解き溜息 を吐く。 「…… 」 「高耶さん?」 ガラガラと馬車が動き出す。振動で揺れる躯をそのままに、 高耶は考え込んでいた。 「会いたいんですね」 「…… ああ」 誰に、とは言わない。 まだ、1時間も経ってない。 トレイを差し出し、顔を上げた少年。目が合ったのは気の 所為じゃあないのを高耶は分かっていた。 高耶を見ても、少年は驚いていなかった。ただ哀しそうに 目を伏せただけだ。だが同時に、強い光も眸に宿していた。 それは憎悪に似た光だった。 「会いたい、会ってみたい」 はっきり言い切った高耶を、直江は少年を見た時から予想 していた。もしここでダメだと言っても、高耶は納得しない。 一人でも動くだろう。 高耶が嫌うのは、直江や周りに迷惑を掛けてしまう事だ。 それを押してでも、高耶は会うと直江は分かっていた。 「後で屋敷に呼びましょう」 淡々と答える直江の表情を高耶は知らない。 それから屋敷へ着くまでの短い時間、馬車の中で交わされ る言葉は無かったのだった