銀河鉄道の夜
- ¥ 316
彼を見送ったあの日から、男の時間の概念は消え失せていた。そんな男はある「予感」に導かれ、あの日から初めて、もう二度と足を踏み入れる事がないと思っていた「この地」を訪れる。 そこで男は、衛士服を着た不思議な青年と出会う。 青年とともに、銀河を流れ過去の残像を拾い集める旅に出る――― 40巻後の話です。原作かパラレルか…多分両方… ほのぼの・切ない・SFチック 表紙 明星サブレ とこ様 32ページ フルカラーコピー本
あの日から、初めて直江はあの場に足を踏み入れた――
ギギ――― 男が驚く事はなかったのだ。 青年に手を引かれ、夢遊病者のような足取りで男は御正殿に足を踏み入れる。だが、男が内部の様子を見る事はなかった。 その瞬間、背後で扉が閉められ、視界は闇に包まれたからだ。 「……」 一切の光無き世界。真の無明の中、男は息を飲む。握られた手の感触だけが、男と世俗を繋ぐ橋であった。 「……」 無明、無音。 ここはもう、完全に〝間〟の世界なのかもしれない。そして己はきっと今、夢の中にいるのだ。夢のような……幽玄の…… 「……」 男はぼんやりと想う。 何も無い〝無〟の世界にあると言うのに、不思議と不安は無かった。それでも無性に、彼に声を掛けたかった。 「ぁ」 その瞬間男は気付く、 「……」 一度も、彼の名を呼んでいない事を。 「ぁ」 気付いてしまっても、それでも喉から声は出ない、呼ぶ事が出来なかった。 「……」 もし……もしも名を呼び彼が消えてしまったら……それが怖くて名前を呼ぶ事が出来ないのだ。夢の時間の終わりを、男は恐怖した。 新たな不安が男を苛み始めた時、突然視界が開ける。光が差したのではない、それだけは分かった。 「……」 闇に近いが、無明ではない。暗く、そして明るい。そんな空間は一つしか存在しない。 遠く近く、あちこちで光を放つ物体が浮かんでいた。 「……ここ……は……」 声が震えたのは、恐怖故ではなかった。 「……」 驚愕が過ぎると、逆に思考は澄むと男は知る。 宇宙が――― 宇宙が、そこにあったのだ――― 「嗚呼……」 感嘆の音が、零れ落ちる。 文字通り、宇宙であった。 何度も男は目を瞬く。それでも、身を取り囲む空間に変化は無い。 暗い宇宙空間の中、男は浮いていた。 男は青年と共に、ぽかり、と星々瞬く宇宙空間に浮いているのだ。 **************************** 「景虎様とお呼びいたします」 その声に、息が止まった。 跪く一人の侍、不機嫌を隠さない若者。そんな光景が、目の前にある。 「……」 男は声無く驚愕し、そして目が離せなかった。 凍り付く男を余所に、二人は凍るような遣り取りを続けている。 「大丈夫だ」 「ッ」 突然囁かれ、男は肩を大きく揺らした。 「あちらからは見えていない」 「……」 思わず男は、横に立つ青年を凝視する。 淡々と告げる衛士姿の青年は、目の前の〝二人〟を冷めた目で眺めていた。 「ここではオレ達は透明人間みたいなもんだ」 「透明……」 見れば、青年の足元が地面から十㎝程浮いている。それは男も同じであった。 「……」 段々と、二人の声が小さくなる。そしてとうとう聞こえなくなった。一体何を話しているのか……知っている、男は全て知っていた。 「これが……始まりだ」 「……」 青年の静かな声を聞きながら、男は遠くなってゆく二人の姿を見下ろす。やがて眼下の彼等は薄くなり、最後には消えてしまった。 消える直前、二人の姿がふわっと崩れた。その様は、サラサラと風に流れる砂のようで。崩れた粒子はキラキラと輝きながら宙を上ると、青年の手のひらに吸い込まれていった。 一連の現象に驚いていた男は、己が再び宇宙空間へ戻っている事に気付く。 「……」 「……」 青年は黙っている。男もまた、言葉が見付からない。 光る粒子。そしてあれは……あれを男は、よく知っていた。 青年は、ポケットから懐中時計を取り出した。時間を確認すると、男に手を伸ばす。 「ほら」 「……」 言われるままに、男は手を取った。その瞬間、 「あ」 再び宇宙は消えていた。そして代わりに寂れたバーカウンターが浮かび上がる。