愛があれば大丈夫? ほんとに大丈夫?
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家政夫直江 高校生高耶 家族の海外赴任で日本に残った高耶は1人暮らし。そこへ父の友人の弟直江が家政夫としてやってくる。 新しい家政夫派遣事業の為現場を知るように、と兄に命じられたせいだ。住み込みの家政夫など、高耶も嫌で、直江も内心嫌で。そして家政夫な筈の直江は、家事能力ゼロであった。仕方なく高耶が教える羽目になり、期限3ヶ月が過ぎて行く。 その中で、2人の気持ちに変化が訪れるのだ。 ラブコメ・家政夫 188ページ フルカラーオフセット 32ページ コピー本
家事の出来ない家政夫
事業計画書を読んだ直江は、素人ながら、中々よいものだと思った。だが、 「兄さん」 「何だ?」 機嫌よくコーヒーを飲む兄に、直江は至極当然な事を告げる。 「確かに良く出来ているとは思いますが、俺は全くの素人です。そんな人間が責任者では、いくら何でも失敗しかねませんよ」 呆れ顔の弟にも、兄はにこにこ微笑むだけだ。 「ああ、それか。それに付いては考えてある」 にっこり 「……」 今日一番の〟にっこり〝を見せられ、直江は非常に先を聞きたくなくなった。だがそんな訳にいく筈もなく、 「……考えとは」 先を促さなければならないのだ。 「ふふん」 待ってました、とばかりにズイッ、と身を乗り出す照弘を避けるように、直江は躯を引いた。 「何事も、まずは現場、と言うだろう」 にんまり 「……ええ、そう言う説もあるにはありますね」 曖昧に答える直江に、照弘は顔を顰める。 「おい、お前が責任者になるんだぞ?そんな気の弱い事を言っていてどうする」 「……」 誰が聞いても、気の弱さとは関係無い台詞なのだが。 「今までは私の補佐をしてきてもらったが、これからはお前が人を使う立場になる。動いてくれる人間が、実際どんな仕事をするのかは、聞いただけでは絶対に理解など出来ないだろう?」 「ええ、まあ」 既にこの時点で、直江はぼんやりとだが、長兄が自分に何をさせたいのか見えてきていた。問題なのは、それが自分にとって、歓迎しかねる内容だと言う点だ。 「それでな」 ズイッ、っと。 「……」 「お前はこの事業の商品である〟家事〝が苦手だな」 「……ええ」 苦手、と言うより、全くの戦力外と言えよう。何故ならこれまで家事と呼ばれる仕事について、無縁で生きてきたからだ。 「責任者たるお前が、そんなレベルではいくら何でも拙いだろう」 「……」 これまでヒシヒシ感じていた〟嫌な予感〝はこの時点で、最高潮に跳ね上がった。 「……」 だから直江は願うのだ、普段よく当たるこの手の予感が、今回ばかりは外れて欲しいと。 「だからな」 だが、 「本格的に立ち上げる前に」 時として、 「現場修行が必要だ」 切なる願いは、 「お前には実際に、あるお宅の〟家政婦さん〝をやってもらう事にしたからな」 頑として、聞き届けられる事なないのである。 家政婦さんをやってもらう――― 「……」 「おい?」 「……」 「信綱?聞いてるか?」 「……」 完全に思考を凍り付かせた直江は、最後の力を振り絞って無理矢理意識を覚醒させた。 「……………………兄さん」 声は地を這うものであったが、この際仕方がない。 「何だ?」 のほほん、とした声に、殺意さえ感じる。 「それは……どう考えても無理があるでしょう」 「何が無理なんだ?」 怪訝そうな兄を、何としてでも説得しなければならない。 普段は迷惑な程過保護な兄だが、仕事に関しては甘さにキッチリ線を引く。冷静で、時には冷酷になれる企業のトップだ。 直江にとっては冗談ではない事でも、新しい事業に必要だと判断すれば非情な命を下すのだ。無論決して異論を赦さない命令である。そんな兄をよく知る直江が、必死になるのは無理もなかった。 「ですから兄さん……いえ、社長、その新事業自体は素晴らしいと思いますが、その業界のトップでも多くの者が、家事能力が無いと、思います」 「だから?」 「……」 それが何か? そんな照弘の様子に、直江はグッと拳を握り締める。だがここでめげてしまえば未来はない、とばかりに力を振り絞った。 「ですからッ、俺を本来の仕事ではない〟家事〝業務をさせる事は、時間の無駄ではないでしょうか?そんな時間があるならば、これからの企画、戦略を」 「信綱」 ピシャリ 「……はい」 言い募る直江の言葉を、照弘は短く遮った。ガラリと温度を下げた厳しい声音である。 「お前の言っている意味は分かるが、だからこそ、あえてするんだ」 「……」 これから言われる内容を分かっている直江は、諦めの境地で聞いていた。 「他と同じで何の意味がある?競争に勝ちうちがシェアを広げるには、他と同じ事をするなどありえんだろう」 「ええ」 「トップが現場や現場で動くものを深く知る、知らない、では従業員の士気も変わってくる」 「まあ」 「トップのお前が率先して、現場で動き働いた経験がある、これが無駄である筈がない」 「はい」 それから延々、照弘の説教のような説明は続いたのだが、直江の耳には左右だった。考えていたのは、これから行わなければならない、うんざりとした作業についてだ。 そもそも何故〟家事を提供する側〝でなければならないのか。客の気持ちを理解するのなら〟提供される側〝の方が利に適っているのでは?いやそうだ、間違いない。 そうなれば、直江は色んな業者に家事代行、ハウスキーピングを頼み、それについて客として思う所を考えればいい。そうだ、その方が事業に役立つのではないのか? 「……」 だが、既に照弘の中で結論が出ているのは明白で。今更主張した所で、なら、両方やってみればいい、と返されるだけだ。 直江も分かっているのだ、照弘の方が〟正論〝であり、単に家事などやりたくない直江が、何とか抜け道を探しているだけなのだと。 「それで……おい、聞いてるのか?」 「はいはい、聞いてますよ」 「そうか?でな?それで……」 「……」 まだ終わらない話の合間に、直江はこっそり溜息を吐く。どうやらこれは、逃げられそうもない、と。 *************************************************** 「あんた、誰?」 きょとん 子供のような表情は、実は整った顔を幼く見させ、可愛くない訳でもなかった。だがそんな事よりも、至極シンプルな問いに戸惑ったのは直江の方だ。 自分で言うのも何だが、勝手に家に入り込んだ時点で、全くの他人であったら犯罪だ。その上正当防衛とは言え、飛んできた雑誌を打ち返し、長男に軽傷を負わせてしまった。しかも先程まで、タオルを当てたりシップを貼ったりと、軽い手当てさえしていた相手を把握していなかったと言うのか?この高校生は。 「……」 多少、否、完全に呆れた直江だが、 「直江、ですけど」 今更だが、名乗ってみた。 「なおえ?」 「はい」 これで分かっただろう、としっかり頷く。だが、高耶の反応は意外なものであった。 「ええとええと、なおえ?なおえ、なお………………ええええッ?!」 前半不思議そうに首を傾げていた高耶だが、何かに思い至ったのか、黒い目を真ん丸にして大声を張り上げた、ビシッ、と直江を指差しながら。 「あんたッ!なおえええええッ?!」 暢気な空気を切り裂く悲鳴。 驚愕に立ち上がってしまった高耶が指している指は、突き刺さりそうに直江の顔の間近にある。 「……」 目に入りそうな高耶の指を避け、直江はうんざりしたように頷いた。 「どうやら一応、話は通っているようですね」 だが対象的に、高耶の様子は愕然茫然。 「通ってるって、通ってるって……」 あくまでも冷静な直江に対し、高耶は目を白黒させてしまっている。そんな状況が千秋にとって、面白くない筈もなく。 「何?何?何なわけ?」 興味津々の態で、高耶と直江を交互に眺めた。 「……だって……なおえ、って言うから……」 ガクリ 床に膝を着いてしまった高耶は、項垂れぼそぼそ何やら言い訳めいた事を呟いている。 「女だと思ってたし……」 はあ…… 深い溜息と先程の驚きの理由が、高耶の呟きで判明した。直江は内心納得しつつ、多少気の毒になってしまう。 「それはそれは……」 仰木氏は変わり者らしいが、息子の面倒を見るハウスキーパーの性別も知らせていなかったとは。 「へ?何が?何が?」 完全に面白がっている千秋は、ミネラルウォーターのペットボトルを持ちながら、高耶の横に並んで膝を着いた。 「女って?」 下から高耶の顔を覗き込む様子に、同情や遠慮の文字は無い。 「おい、教えろよー」 「……」 そんな千秋に鉄拳を喰らわせる余裕も無い高耶は、項垂れままぼそぼそ答えてやった。 「この前親父から電話来てさ……家に今度、家政婦来るって言ってさ……」 「ああ、ミタさんね、ミタミタ」 「そう、ミタさん」 ここでもまた、鉄建はなりを潜めている高耶は、完全に〟可哀相な子〝であった。 「そんで?そんで?」 わくわくと、千秋は先を促す。 「そんで……親父が20代後半の美人のなおえさん、って言ってて……」 そこまで言うと、高耶は完全に床に突っ伏してしまった。 「オレの美人のおねいさんッ!」 ダンダン ダンダン 顔を伏せたまま、拳で床を叩いている様子を見て、そんなにおねいさんが良かったのか、と、この場合被害者かもしれない直江は思わず同情してしまう。 「美人のなおえ、さん?」 きょと 首を傾げてしまった千秋は、1人ソファに座ったままの直江を見上げた。そして何かに思い至ったのか、にたぁ~、とした満面の笑みを浮かべる。 「美人の……ふんふん、なるほどねッ!そーゆことねッ!」 千秋は高耶と直江の会話と、その後の高耶の絶望っぷりの理由を把握し、 「あんたが美人の……ッ、ぷぷぷぷーッ!」 堪らず、思い切り噴出した。 「うははははーッ」 「……」 「び……ッ、うははははッ、マ、ジ……ッ、美人、のなおえさん……ッ」 腹を抱えて床をころころ転がる千秋を、高耶は少しのマ黙って眺め、 ドカッ 「ぎゅおッ」 思い切り背中を蹴られた千秋は、虫が潰されるような、妙は声を上げる。そして痛みで涙目になった顔で被疑者を睨み上げた千秋は、 「コロス」 「ひい」 完全にイッちゃっている状態の高耶に悲鳴を上げた。