【三浦ハル】リスト・ザ・リーズンズ・フォー・リビング・ヒア
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■A6/44P ■三浦ハル。短編3話。ランボ(15)とハル(24)・山ハル(14×24)・獄ハル(24×14)です。 ■サンプルは獄ハルです。 ■3話のみですがカプが混在しますので、苦手な方はご注意ください。
リスト・ザ・リーズンズ・フォー・リビング・ヒア
正論なんて、意味などなくて。 逆境にかて、耐えている。 酔狂実況、あれこれ近況。 願っていたのは、パーティーだった。 一体全体なにが起こったんだか、と三浦ハルは慟哭していた。 もちろんこれは、この状況は勝手知ったるあれなんだと、無意識にハルは理解していた。分かってはいてもなんとはなしに納得したくなかったのは、白煙の中に現れたのが期待外れな姿だったから。ああでも、その言い草も失礼ですねえ、とくすりと笑う。 アウトローに対して、アウトローとして対してはならない。これは絶対です、とハルは心に刻んでいた。彫刻のような流れではなくクラシックのごとき潮流でもなく、言うなれば、キャベツの千切りのようなそれ。言葉にして説いたのなら、「意味が分かんねえ。日本語でないなら、英語かイタリア語にしてくれ」と仏頂面が出るのに違いなかった。全く持って無礼千万! けれど、件の帰国子女はその名に違わず語学が堪能だった。いつだったか並盛駅前で、背の高いヨーロッパ圏らしき旅行者に話しかけられた時、どぎまぎしていないのは彼だけだった。つまらなさそうな、世界の全てを敵に回していそうな表情が、つらつらと英語を話す。これっぽっちも慌てていやしない、常日頃の彼の言動と合致していた。 数度の会話を続けたのちに、音声が緑中学校の教室で聴いたことのある言語ではなくなった。淡々と話しているせいで聞き取り難いけれど、たぶんイタリア語、と感嘆する。まだ台詞が英語だった時に、「国際空港までどう行ったらいいのか」のような単語が聞き取れた。 彼はどうするのだろう、と興味津々となる。なぜって、目の前の並盛駅が入っている並盛線は都市外れのローカル線なので、国際空港のある駅までは数回の乗り換えがある。観光客にしてみたらなかなかの難解さだろう、と予想できた。でも、ハルの予想なんて世界の果てに放り投げるようにして、彼はポケットから紙幣を取り出した。 数枚の紙幣がシルバーのクリップで留められている。そこから千円札を抜き取って旅行者の前にかざす。紙幣の横でVサインをした。一瞬だけ首を傾げた旅行者は合点がいったように頷き、千円札二枚を彼に手渡した。彼はなんのためらいもなくそれを切符の自動販売機に突っ込んでしまい、ピ、とタッチパネルを押した。 どうやら無記名で使用できるICカードを買った模様。お釣りが出てこないのでどうしてなのかと思ったら、残額はチャージしたみたいだ。旅行者が都市圏の鉄道マップのような本を手にしていたので、受け取ってぱらぱらとページを捲る。ぴたり、と止まったページに並盛線。「おい、ペン貸してくれ」と言われたので、「ハルの名前は〔おい〕じゃありません!」と憤慨しそう。 腹いせにじゃらりとアクセサリーのついた太めのカラーペンを渡したら、彼はとんでもなく嫌そうな顔をした。〔なんだこれ〕と顔に書いてあった。それでも、彼はハルのカラーペンで並盛駅にぐるりと丸をつける。そのまま勢いよくラインを伸ばしていった。きらきらと綺麗な線が地図に印されて、彼は蛍光ラメに心底うんざりした表情をした。 キュ、と乗換駅二つもぐるりと囲んでしまう。国際空港までの路線を蛍光ペンのラインで繋いでから、旅行者にマップを返し指差して説明する。最後にICカードをタッチする仕草をして、自動改札へ促す。旅行者は彼に礼をして、ハルたちには背を向けた。きょろきょろしながら、乗換駅まで通じている電車がくるホームを目指す。あれならなんとか辿り着けそう。 このひとは面白いな、と単純に思った。このご時世、国際空港までの道程を説明するのにはスマホを使ったっていい。並盛駅には冊子になっている都市圏の鉄道地図も置かれているので、それを利用したってよかった。それでも彼は旅行者の手にしていた、少し角がよれてしまっている鉄道マップに印をつけたのだ。 加えて旅行者は切符の自動販売機の前で困っていたのだから、国際空港までの切符を、乗換駅を選択しながら一緒に買ってあげてもよかったはず。「どうしてICカードにしたんですか?」と短く問えば、「乗り換え、間違えるかもしんねーだろ」とこれまた端的な返答。「あと、チャージの残額が足りなければ自動改札で止められて、駅員がくる。それで平気だろ」 ふむ、とわずかに感心。乗換駅経由の目的地までの切符が、万が一無駄にならないようにのチョイス。今はどの駅にでも英語の表示があるけれど、あの観光客は英語圏のひとではなかったようだ。どれだけ国際社会になっていても、まだフランス語やイタリア語は、日本の駅ではほぼ見かけない。 最悪の予想をした上での、どのルートでも無駄が少ないだろうチョイス。彼の回答はそれだった。彼はとあるひとを敬愛していて、そのひとの〔右腕〕とやらになりたがっていた。この件で、もしや彼には可能かもしれない、と考えた。プラス思考だけでなくマイナス思考をよしとして、最悪のマイナスを設定する。もしもそれがプラスに転じたのなら、未来にはよいことしか待っていない。この思考は〔アリだ〕とハルは感じてしまった。 ちなみに、並盛線の自動改札で購入できるICカードは、並盛町のキャラクターがデザインされている限定版だ。ハルはあのキャラクターを気に入っているので、観光客がそれを持って帰ってくれるのも嬉しかった。もう帰国するようだったし、今後利用の予定がなくとも、ICカードの返還手続はしないだろう。「あれ、観光客さんの記念になりますね」 「あ?」 「ICカードです。並盛線の自動改札で買うと、カードに並盛町のキャラクターがデザインされているんです。さっきの見なかったですか?」 ぱちり、と薄い緑の瞳が一つまばたき。怪訝そうな顔で数分前を回想してようやく、「……ああ」と低い声を出す。「どうでもいいだろ、そんなの」とは彼の真実。彼の現実とハルの事実とは異なるのだと、この瞬間に理解した。思考回路の乖離。まるでお互いが、海の彼方にある未開の土地のようなそれ。でも、別段嫌なことじゃない。 だからハルは、彼がどれだけアウトローだろうが口が悪かろうが、決定的には嫌いにはならなかった。一応分かってはいるんです。それほどには悪いひとなんじゃあないってこと。でも、それでも、ねえ神様。ハルはそんなに普段の行いがよろしくなかったでしょうか、とがっくりと肩を落としそう。なぜって、目の前にいるのが、会いたいひととぜんぜん違うんですから! ◇ 目の前に銀髪。ぺールグリーンの光彩。じゃらじやらと腰にはチェーンベルト。両手の指には鈍く光るシルバーリング。それもリアルにガイコツときたもんです。もくもくとする白煙の中でとてつもなく煙そうに目を細める、見たことのある鋭い眼光。カチャリ、と長い指が小さな箱をかざして、なにかに構えた。ボシュッ、と赤い炎が灯る。 「ああもう、大きい獄寺さんじゃあないですか!」 なんたること、と両手を握り締めて震える。神様はどうして、ハルの大好きなひとには会わせてくれないんでしょう。十年後のあのひとをこっそりとでもひっそりとでもいい、見せてほしかった。さらに願っていいのなら、話をさせてほしかった。ランボちゃんの十年バズーカ、狙いが狂ってしまったでしょうか。 「敵でなく、アホか」 ふう、と偉く小さく吐き出した息がなんともほっとしていた。灯った赤い炎はそのままにしたらしく、「にょおん!」と尻尾の長い猫が出てきて、くるくるとハルの周りを走る。「瓜ちゃん!」と腕を差し出して柔らかい体を抱き上げた。ぴょん、とクリーム色の温かいそれが飛び込んでくる。 「……お前ら、どんだけ仲良しだ」 とんでもない仏頂面を繰り広げるのかと予想したら、割合とにこやかな顔がぱちりとまばたきをする。「瓜ちゃんとハルは、同じ釜のご飯を食べたもの同士ですから。美味しい魚をご馳走したことだってあります」とついぞこの間のような、みんなでパラレルワールドを経験した時の話をする。 知ってますよね? という気持ちで背の高くなった同級生を見返したら、「同じ釜の飯って、オレもだろ」と苦笑された。まあ、そうですけれども。くっ、と微かに笑っている口端が持ち上がっていた。獄寺さんらしくない、と思う。このひとはハルの知っている獄寺さんが大きくなった、十年後の彼のひとなのだけれども、それにしても。 こんなに友好的に接してもらったのは、初めてかもしれない。ごくり、と息を飲む。そうなんです。ちょっと楽しそうに笑顔になるだけでも、獄寺隼人というひとにしてみたら、とてつもない友好度なんです。さすがに大人になって、子供っぽく意地を張るのはおしまいにしたんでしょうか、とはてさて。 「あんなにアウトローだったのに、ピースフルになったようでなによりです」 ハルは心から、素直な感想を述べた。刹那、弾けるように目の前のひとが笑い出す。堪らない、と言わんばかりに噴き出していた。恐ろしいくらいに笑顔。とってつけたようでもなく、無理しているのでもなく、それこそ素直に中身がこぼれてしまったような。どうしよう。世界が終わってしまうかも、ハルの恐怖で。 「オレは未だに立派なアウトローだ。マフィアだしな」 本当に面白そうにして、彼はハルの前に立つ。「右腕にはなれたんですか?」と訊ねてみたら、「昔からなってっだろ」と素っ気ない。どうやら、マフィアからは足を洗えていないらしい。これもまた、パラレルワールドを経験した際に分かっていたことですけれど。「でも、大きい獄寺さんは十四歳の頃よりもピースフルです。それはどうして?」 なんとはなしに興味があって問うた。あまり喧嘩腰ではないし、この〔獄寺隼人〕となら話ができるかもしれない。早いところ英語が堪能になれたらいいんですれど、なかなかに現実は厳しいです。十四歳の彼には「ハル語でしゃべんな」と言われてしまう。ハルは、言語を開発したりしていないのに。 「別にピースフルじゃねえが……。ああ、でも、そうなるのか」 ふむ、と彼は右手を顎にかざす。なにかを考えるようにして、「死ねない理由ができたから」と告白した。ついつい、ぽかん、としてしまう。「マフィアに身を置くひとは、言うことが違いますねえ」と映画みたいな台詞に呆れ声になってしまった。「バカにすんな。本気だ」とむっとした反応をされて、ああ、導火線を踏みつけたかな、と懸念する。 「それは、ボスのためにですか?」 十四歳の頃から、彼は彼のボスの右腕になりたがっていた。十年前には多少やけっぱちにも見えた〔獄寺隼人〕も、夢が叶った今では、〔死ねない〕と考えるようになったのだろうか。「それもあるが、並列で違う理由があんだよ」と宣言する彼は、どうしてなんだか誇らしげににやりと笑った。 「もう一つの理由を訊いても?」 単純なる好奇心で興味深い事柄だっただけなので、無理に聞き出すつもりはなかった。彼が話したくなければ、ハルはそれで構わない。それでも聞かずにいられなかったのは、彼の表情があまり見たことのない種類だったからだ。そこに、余計に興味を惹かれた。だって彼のこんな笑顔は、〔獄寺隼人〕が彼のボスに対する時にしか顕現しないそれだったから。〔年の功〕ってやつですかねえ、と閃いた瞬間だった。 「教えてもいいが、お前信じないだろ」 ぱちり、と意外でまばたきをする。そして即座にむっとしてしまう。「大きい獄寺さん……」と落胆と寂しさで声を出したら、「巨人みたいに言うな」とおかしな返答をされた。「じゃあ、大人の獄寺さん」の呼びかけには「おう」と返答。自分がカテゴリとして〔大人らしい〕というのは理解しているようです。 「ハルを見損なわないでください。ハルと獄寺さんも、同じ釜のご飯を食べたもの同士です」 きっ、と彼を睨んだら、腕の中で仔猫が「にょおん」と鳴いた。仔猫の耳からは赤い炎が吹き出している。瓜ちゃんの鳴き声は〔そうだよ、ハヤト〕とルビが振れそう。まあ、そのへんはハルの希望と予想と妄想みたいなものですけれども。でも、そうだといい。「付け足しやがった」と彼は笑う。ハルの見慣れない笑顔で。 白煙はすっかりと空気に溶けしまった。あのホワイトとグレーとパープルの煙はどこにいくのだろう。見えなくなっただけで、消失したわけではないはず。この世界に薄くなって広がり、れっきとした〔世界と日本と並盛〕として存在しているのだ。景色が開けて、彼が並盛駅前の街路樹を背負っているのに気づく。きらきらとゴールデンウィークの日差しがこぼれた。 「オレが死ぬと、泣くやつがいる。十代目以外に」 「それは誰ですか?」 マフィアの抗争で力及ばず、または圧倒的に卑怯な手口で避けられない運命だとしたら、近未来に彼は死を迎えることもあるのかもしれない。訃報を聞いたら、たぶんハルだって泣くのだろう。「どうしてそんなことに」と因縁のような、ケンカ相手だった彼を想って。でも、目の前の唇が発する台詞はそういうことではなさそうだ。明らかに個人を指している気がした。 「信じるか?」 「疑り深いですねえ。マフィアの右腕だから慎重なんですか? 言ったじゃないですか、信じます!」 「……アホ女、が泣く」 ぐらり、と全宇宙が傾いた。きらきらとまばゆいゴールデンウィークの日差しと、街路樹の緑が遠くなっていくよう。ああ、あの街路樹は花が散ってしまったあとの桜なんだと、どうしてだかハルは知っていた。ふらり、と足元がおぼつかなくなる。彼はなにを言っているのだろう。なにか悪いものでも食べたのだろうか、と心配になった。 「ほら、信じてねえだろ」 あっさりとした苦笑。「まあ、無理もねえが」と続ける彼は淡々としている。「オレも十四の頃は、こんなことになると思わなかったぜ」と初めての舌打ち。知っている仕草を見て、ああ、彼は〔獄寺隼人〕なのだと水が染み込むように理解する。十四歳の彼がしょっちゅうやっている動作をトレースしたようだったから。 「なかなか、ハルには、理解がおよびませんが……」 やっとのことでたどたどしく言葉にすると、彼は情けなさそうな顔をした。「にょおん」となにかを諌めるような声が上がり、クリーム色の前足が頬に触れる。ぴたり、と頬を押してくる瓜ちゃんの前足は柔らかい。「瓜ちゃんは、知っているんですか?」と真っ赤な炎が燃える目を覗き込んだら、仔猫はにやりと笑った。どうしよう。肯定されてしまった。 「未来の獄寺さんは、パラレルワールドのひとだからじゃあないでしょうか」 「なにがだ?」 「ハルを選ぶなんて、と思って」 彼はどうしてだか否定しない。否定しないということは、そういうことなのだろう。肯定する嵐の炎の仔猫と、否定しないボンゴレファミリー嵐の守護者。不可思議なコンビ、と少しだけ頬がほころぶ。「気が向いたから」と彼は苦笑したまま、「お前も、気が向いたらオレを選べば?」 やはり未来の三浦ハルは、彼を選んだのだろうか。天変地異でもあって、紆余曲折して、悲劇と喜劇の果てにそれを手にしたのだろうか。世界と日本と並盛に誓って、今のハルでは決して選択しない答え。未来は一つではないと、選択で変わるのだと、彼もハルもそれこそ見てきて知っていた。だから、否定しないで肯定する。嵐の赤い炎を噴出させながら。 「分かりました。じゃあ、気が向いたら、そうします」 「……絶対、拒否ると思った」 ぽつりと呟いた彼がなんだか子供っぽい。なんともハルの知っている十四歳の〔獄寺隼人〕に似ていた。「ハルは、そんなに獄寺さんが嫌いじゃあないですよ」と見上げたら、「本当かよ」と苦笑ばかり。ぺろり、とざらつく舌で頬を舐められた。瓜ちゃんは満足そうににやりと笑う。ひゅっ、と風が吹いて、腕の中の仔猫が消えてしまった。 ふわりと真っ白な煙が足元から上がる。五分経過。ああ、時の流れは無情だ、と少しだけ寂しくなる。でも、これ以上〔大人の獄寺さん〕の手前に佇んでいたら、おかしな未来ばかりが判明しそう。だから、もう帰らなくちゃ。三浦ハルときちんと話してくれる〔獄寺隼人〕から離れるのを、少しばかり惜しく思いながら。 「それじゃあ、大きい獄寺さん、お元気で」 「おう」 握手なんてしない。涙なんて流さない。それでも、ケンカして怒声を上げたりもしない。彼とこんな風に話せるのなら、と大人になるのがちょっとだけ楽しみになる。もくもくと、さっきと同じホワイトとグレーとパープルの煙がけぶる。この煙はどこから出てくるんだろうか、と摩訶不思議。と、首を傾げた刹那だった。「……選べよ」 「はい?」 けぶった視界に埋もれそうになりながら、彼が呟く。驚天動地みたいな現実がハルを襲う。まるで食べたことのないメニューがテーブルに並べられているよう。それはぴかぴかに輝いていて、ちょっとだけまぶしい。そう、ゴールデンウィークの日差しとそっくりだ、と思う。「獄寺さんは、そんなにハルが好きですか」 なんて、ふざけて言葉にする。くすりと笑ったら、「知らなかったのかよ、アホが」ととてつもなく呆れ顔が存在する。どうしよう。誓って決してハルは彼が絶望的に嫌いだったりはしない。そんな風に言われたら、まるで相互作用のように気になってしまう。ハルとケンカばかりしている〔大きくない獄寺さん〕が。 ひらひら、と彼は細い腕を動かして別れの挨拶。ハルも同じようにひらり、と右手を上げた。でも二人は永遠のライバルだから、ぱあん! と両手を打ち合わせたりはしないんです。「気が向いたら、選んであげます」と瓜ちゃんの真似をしてにやりと笑ったら、「抜かせ」と彼の頬が初めてひきつった。ああ、それでこそ〔獄寺隼人〕とハルは偉く感嘆するのだ。 (まあ、気なんて向きませんけどね、とこの時は思っていたんですけれど!)