【ヒバ花】月も知ってる、僕らの意気地
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■B6/318P ■雲雀恭弥と黒川花。短編44話。高二・高三設定。そのため十年後は二十七歳と二十八歳です。 ■閉鎖済サイトのヒバ花テキストを加筆・修正したものです。書き下ろしありです。
月も知ってる、僕らの意気地
隠し通した、つもりでいても。 人波まぎれて、空腹で。 想っているのは、君のこと。 見えなくなるのは、誰のせい? 今日も今日とて、どうにもこうにも、黒川花は立腹していた。 ああ、少しだけ語弊があるかもしれない。正確には、彼女は腹を立てる振りをして、焦って不安がっていた。 「なに考えてんのよ、信じらんない。もういい歳なんだってば。あたし二十七なんだって。恥ずかしいじゃない」 大層照れくさそうに周囲の動向を見据え、その言動を推察し、それを、やれやれ、では済まさないなにかがある。 大人げないのじゃないの、と雲雀恭弥は考えていた。 「君さ、あの嵐の猫を呼ぶうるさいのとか、アルコバレーノのなりそこないとか、迷彩服のアルコバレーノに対しては、積極的に用意をするじゃない。こういうの、好きなんじゃないの?」 と訊ねてみる。過去に、この三名に関して彼女はとんでもなく周到な準備をして、件の相手を絶叫させたり、気恥ずかしさに沈黙させたり、さらに陽気にさせたりしたんだ。 「違うわよ、別に好きじゃない。獄寺とラルとコロネロは、ちょっと事情が違うのよ。三人は、たぶん、子供の時からそういうことをされてこなかったの。分かんないけど、たぶん。たぶんね。だから、あたしは三人の子供の頃の分として、足りなかった分を仕切っただけ」 すっかりときっぱりと言い放つ唇はこれっぽっちも悪びれない。加えて、一向に照れもしない。まるでそれが当然だ、と言わんばかりに。ちなみに、雲雀恭弥は誕生日に彼女から周到な準備をされたことがない。 「ふうん」 とこれまた興味がなさそうに口にしたら、「でもね、あたしは違うわけ。子供の頃のお祝いなんて山ほどやってて、中学高校の頃も継続で、正直ね、お腹いっぱいなのよ」となにやらの注釈が振る。 「二十八本キャンドル立てられそう。ケーキ穴だらけにされそう。いっそ恐怖だわ」 とかなんとか、ボンゴレファミリー日本支部のオペレーションルームで舌打ちでもしそうだ。トン、とデスクの上にあった書類を揃えてはクリアファイルに入れ、デスク横の引き出しに収納すると、それにカチリ、と鍵をかける。 「よし、おしまい。行こうかな」 先刻、Bランクの任務が終了したオペレーションルームにそう宣告すると、「いろいろ用意してこないと、回避できなさそう」と目を細めてつぶやいた。 ひょい、とデスク下に放り込んであったバッグを取り上げて、「あのさ、時間あるなら、恭弥も付き合ってくれない?」と珍しい言葉も振る。 「どこまで付き合えばいいの。地の果てかい。アラスカあたり? 僕、寒いのご免被りたいけど」 この科白に笑ったりはせずに、ぱちり、と一度だけまばたきをした彼女は、「恭弥が冗談なんて珍しい」と心底不可思議そうにする。ユーモアの分からない男、ということだろうか。少しだけ心外だ。 「違うわよ。並盛駅前のショッピングビル。ケーキとかチョコレートとかワインとかジュースとか、あとはそうね、チキン山盛りとサラダとカットフルーツかな。サンドイッチもいいかも」 カツン、とパンプスの踵を鳴らしては、オペレーションルームのドアをグオン、と音をさせてくぐり抜ける。ああ、ミュールなのかな。踵にストラップが付いている靴。 日本支部の基地内は、コンクリート打ちっ放しの廊下部分も多い。カツンカツン、と灰色の塊に魂の音が響く。適度な照明が僕らの足元と見据える先を照らして、まるで未来へと続く一本道みたいだ。 最後の扉、外界と繋がっている分厚いドアの計器にパン、と本人証明カードを叩き付けて睨み付け、網膜認証をさせる。「黒川花。あと、右袖のカフスどっかいっちゃってるやつ」と声帯認証。 誰のことだろう、と右腕を持ち上げてみれば、確かに袖口のカフスがない。わずかにスーツの袖も切れていたので、ああ、任務の時にでも引っ掛けたのか、と首を傾げた。 パシ、と同じく本人証明カードをかざす振りだけして(ボンゴレの守護者は不要)、カチリ、と網膜認証がされる音を聴く。ついでに「雲雀恭弥。あとは、左足のストラップが壊れそうな君」と声高に声帯認証に忠告した。 一瞬のみ、ぴたり、と歩を止める彼女。むっとした頬に変化してから、再び煉瓦の舗道を歩き出した。ボンゴレファミリー日本支部と面している並盛町の舗道は紅い煉瓦だ。今日もカラリ、と乾いている。 「朝、ストラップの長さを調節しようとして、上手く外せなくて壊したの。急いでたから、瞬間接着剤で付けた。悪かったわね」 彼女のおかしな口上にぽかん、とする。「別に悪くないでしょ。事実を述べただけ。君と同じだよ」と返せば、「……まあね」と息を吐いた。 はああ、と大きく溜息してから、「ケンカ売ってるみたいに言って、ごめん」と目を伏せる。「別に売られたとも思っていないけれど。君、いつもと同じじゃない」と発言したら、「あたし、いつもこんなにケンカ腰?」とおかしそうに少しだけ笑う。 「単に、君の足音がいつもと違ったから、靴を見ただけだよ」 雲雀恭弥の現実を示してみれば、「……そっか。ストラップを気にしてて、違和感で、歩き方がおかしかったのかも」と納得する声。 カツン、と煉瓦に反響する舗道には、もう葉桜になった太い枝が並ぶ。桜色の花弁はずいぶんと散ってしまって、そこから緑の葉が伸びる。彼女は、繰り返し「桜餅みたいよね、美味しそう」と言って笑う。 「そうだ、和菓子も買おうかな。今、桜餅と道明寺あるよね」 と明らかに独り言で並盛町を闊歩する彼女は、さっぱりと僕の同意は求めていない。「買い過ぎじゃあないの」とたとえ止めたとしても、「放っといて」と彼女は財布の口を開くに違いないんだ。 「ああ、オペレーションルームにフラワーベースあるし、花も買ってっちゃおう。パーティーっぽくしよう!」 と握り拳。握った手のひらは左手で、黒川花がこれから闘うことを世界と並盛町に示している。特別それと闘う必要はないのに、彼女はなんと頑なだろう、と僕は溜息する。 ひらひら、と残った桜の花弁が散る。暖かくて柔らかい空気が彼女と僕を包む。春爛漫の本日は、四月の気候にふさわしく、穏やかでのんびりとしていた。春生まれの誰かさんの気性とは随分異なるようだ。 クールでシニカルを気取っている割には、大層喧嘩っぱやい。さすがはギリギリ牡羊座、とそういう占いが好きな人間であれば評するかもしれない。まあ、僕は興味はないけれどね。なぜ僕が牡牛座なのかも、よく分からないし。牛ってなんなの。 ボンゴレファミリー日本支部から闊歩すること二十分、並盛駅と直結している背の高いビルを仰ぐ。彼女は、煉瓦の舗道と繋がっている一階からは入らずに、階段で二階の正面口へと向かった。 「ちょっと先に靴屋行く」 とだけ口にすると、真っ直ぐにパンプスやミュールやサンダルが並んでいるフロアを進む。その中の一つのブランドの店員に声をかけた彼女は、自らの足元を指さしては、いくつか説明をしたようだ。 面白いな、と雲雀恭弥は黒川花を観察する。闘うために装備を整えるのだろうか、と興味深い。やがて、バックヤードから出されたミュールに履き替えた彼女は、「これでよし」と言わんばかりだ。 「いろいろ買って手がふさがる前に、恭弥もカフス見とく? あとその袖、リペア出した方がいいかも」 自分の壊れたストラップのミュールは、先刻のブランドのカウンターに修理で預けてしまったらしい彼女が問う。「カフス気に入ったのあったら、さっきのお詫びにプレゼントしてもいいわよ」とおかしな口上も出る。 「スーツも君が贈ってくれるの?」 とふざけて訊いてみた。ぱちり、とまばたきした瞳が振り返って、僕を見据える。 「ああ、そっか。恭弥ももうすぐ誕生日だから、ってこと? いいけど……あ、でも、恭弥のスーツって高そう。生地の織り綺麗なのだし。あたしのボンゴレの給料で買えるやつ? でもまあ、いっか。もうすぐボーナスだし」 なんて、僕の冗談にも真摯に返答する姿に、おかしさを隠せない。そして、不可思議さもだ。 ふむ、と彼女は二階から三階へ上がるエスカレーターの斜め前で腕を組み、思考した。「そういうの、やったことないから面白いか」とぎりぎりで聞き取れる声音で発する。 「いいわよ、行こっか」 と紳士服売場を指さしているのか、パンプスとバッグとアクセサリーがひしめき合っているフロアの上階を目指す彼女は、いっそ勇者のようだった。面白いか面白くないか、彼女の世界はそれのみで形成されているのか、と目を細める。 敵に塩を贈ってどうするんだろう。自らが相手の装備を整えてやって、闘いで不利になるとは考えないんだろうか。それは勇者のたしなみ、というやつなのかい。お互い最強の力と装備で正々堂々闘います、なんて宣言なんだろうか。それとも、もしや、と僕の脳内では摩訶不思議は偉く膨らんでいく。 万が一にでも、雲雀恭弥が黒川花の味方である、という認識じゃあないだろうね、といっそ笑い出しそうに。 ◇ 「ねえ、スーツって黒がいいの?」 「いや、別に」 「紺とか普通のグレーとか霜降りのグレーとか、いろいろあるけど」 「なんでも構わないよ」 「ふうん。じゃあ、適当に選ぶから、恭弥も好みのとか、気になったのあったら教えて」 「……うん」 「どれがいいかな」 と声にしてフロアのジャケットを物色する彼女は、これっぽっちも義務感にかられている感じはない。割合に楽しそうで、へえ、と僕は意外な気分になった。 曲がりなりにも女性であるからなのか、買物は嫌いではないらしい。彼女を助けているのは、平日の昼間である客の少なさもあるんだろう。混み合っている場所には踏み込むのをためらうどころか、くるり、と百八十度の回転を見せる君だから。 「ボンゴレは黒って決まってるわけじゃあないけど、正式な場はブラックなのよね。でもまあ、恭弥は風紀財団所属なんだし、カラーは関係ないか」 と小さくつぶやきながらフロアのスーツの織りを中心に眺める彼女は、「紺とか普通のグレーって、着る人によっては、高校生の制服みたいに見えちゃう時があるのよね」といぶかしそうだ。 「恭弥はそうでもないけど」 続いた科白は、もしや誉めているのだろうか、となんとはなしに吹き出しそうになる。フロアにひしめくように陳列されている布の塊がひょろり、と揺れる。当然風はない。彼女の探るような手のひらがそれらを動かす。 「霜降りグレーがいいかな。こういう色、恭弥はあんまり着てない気がするし。落ち着いてて綺麗だし」 カチャリ、とジャケットのかかったハンガーを持ち上げて、スイ、と僕の胸元にかざす。真っ直ぐに雲雀恭弥を見つめる彼女は希少価値だ。加えて、睨まれてもいないのだし、と笑いそうになった。 じっ、と僕と霜降りグレーのジャケットの両方をそのダークブラウンの光彩に映しては物色する。ふむ、と検討する瞳が生地の織りに目線を投げる。はてさて、とかすかに首を傾げられた。 「うーん、悪くはないんだけど」 と彼女は素直な感想だ。不可ではないが良でもない、といった雰囲気でハンガーを棚に戻そうとした彼女が、ぱちり、とまばたきをして五十センチほど先のそれを追う。まじまじと眼下にある生地に視線を落とした。 ばっ、とジャケットの袖を持ち上げてはその織りを凝視する。まばたきした両目がなにかに感嘆して、意外そうに頬を持ち上げた。ひょい、と袖を裏返した彼女が目を細めて、はあ、と小さく呼吸をする。 カチャリ、とハンガーごとジャケットを取り上げて、「これでどう?」とどうしてなんだか笑顔だ。僕はあまり彼女の笑んだ顔を見ることがないので、奇妙な感触がある。まあ、呑んでいるとよく笑う君だけれど。 「遠目で見た時、黒だと思ったの。でも、全体としては紺で、織りのストライプが紫と藤色の中間かな。綺麗に紺から浮かび上がる感じ。それでも、浮いちゃうようにはならないみたい。角度によっては、ブラックとインディゴが混じってる。不思議な色味と織り」 きらきらと輝くような表情じゃあない。むしろ、なんと世界は不可思議だろう、と興味津々だ、という瞳。ぺら、とジャケットの内側をめくる指が、「あ、ダークブラウン、渋い。好き」と正直にささやいた。 「恭弥は気になるのあった?」 と訊ねる相手に首を振れば、「じゃあ、この織り嫌いじゃなかったら、ちょっと着てみてよ」とストレートな言葉も舞う。今日は本当に珍しいな、と多少の不可思議も僕を席巻する。 ああ、でも、そうではないのかもしれない。彼女はもともとは結構な素直さを持っている。それを引き出すか引き出さないか、しまっておくかしまわないか、単純にそれだけなのかもしれない。 ちらり、とスーツの胸ポケットに目線を投げたけれど、薄っぺらい電子機器はぴくりともしない。ライトも点滅しない。されば、雲雀恭弥は未だ時間を稼がねばならない、と並盛に告げられたも同然だ。 やれやれ、面倒な、と表情に出てしまったのか、「あ、気に入らないなら着なくていい。時間の無駄」と希有な笑顔が消失する。「そんなことは言っていないよ」と返答すると、「顔が言ってるのよ」と言霊で殴られる。 「じゃあ、もっと笑う?」 とこれまたふざけて発した。ぎくり、と目を見開いた彼女は、「……いい。恭弥が笑うと、ヤバい戦闘中みたいで引く」ととんでもない評価が下された。「人を猟奇殺人鬼みたいに言わないでくれる」と溜息だ。 カチャ、とハンガーのジャケットを手渡す彼女が、「殺人鬼じゃなくて、戦闘狂でしょ」と息を吐いた。彼女は一体全体、雲雀恭弥をなんだと思っているのだろう、と不可思議だ。噛み殺しマシーンかなにかだろうか。 スイ、と紺と黒と藤色と紫色が混ざっている織りに袖を通したら、彼女に渡した袖を引っ掛けたスーツの胸元で、キラキラ、と星が瞬いた。ホワイトのライトが点滅して、僕を呼ぶ。まあ、正確には僕じゃあないものを。 「なんか鳴ってるわよ」 とブラックの薄い長方形を差し出す彼女が、液晶画面からは微妙に目線を外している。ああ、マナーとかいうやつかい、とおかしくなった。彼女に見てもらっても構わない、むしろ見るべきは黒川花であるべき内容だろうに、とわずかに口端で笑った。 「……出頭命令だよ、君」 ちらりと彼女を見やり、再度笑う。なんだか、彼女と出会ってから、正確には再会してから、僕は笑っていることも少なくはなかった。おかしな現象だ、と自覚する。加えて、不可思議だ。 「え、ウソ。あたし後方任務、仕事終わったばっかりなのに?」 とてつもなく心外そうに、バッグの中にホワイトの電子機器を探す手のひら。綺麗な白色を睨みながら液晶画面に触れた彼女は、「きてないわよ、なんにも……」の科白。僕は、くるり、とスマートフォンの液晶画面を彼女にかざす。黒だ。 ブラックのスマートフォンを彼女に手渡して、ぱくぱくと口を開閉させている姿を横目に、ジャケットを脱いでハンガーに掛けた。これはこれで、特徴のある織りをしているから、いいかもしれない、と一つ頷く。 眼力はあるわけだ、と感心する。ガコン、とフロアへ自由落下した彼女のバッグを拾い上げて、すたすたと歩き出した。「え、ちょっと恭弥!」とかなんとか狼狽している君はなかなかに珍しい。 紳士服のフロアから階下へとつながるエスカレーターのステップを踏み締める。「……はい」と漆黒の電子機器を返上する指には、薄紫の石。エスカレーターの真上の段から聴こえてくる君の声。これまた希有な音階だ。 信じらんない、恭弥もグルだったわけ? と彼女は笑った。 だって、君がどんな顔をするかな、と面白そうだったから、と僕は返答。 ああもう、世の中、面白いのは重要よね、と君は目を細めて。 ケーキ、きちんとチョコレートらしいよ、の言葉に、もう一度君は笑った。 【1500 ハナ・クロカワ バースデーイヴ開始 ボンゴレファミリー日本支部】