【了花】ドラマチック・サーカスナイト
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■B6/384P ■了花。短編52話。閉鎖済サイトの了花テキストを加筆・修正したものです。書き下ろしありです。
ドラマチック・サーカスナイト
異邦人なら、異世界で。 合いの手入れて、双方が。 出会って別れて、ファンタジー。 差し出したのが、リングの右手。 「頼もう、笹川了平である!」と叫んだ左手には、ドレスの裾。 インディゴのドレスは恐ろしいレベルの光沢はない。なんとも上品なしつらえで、涼しげな手触りをしていそう。シルクと麻が入ってるのかな、とそれを一瞬だけ見据える。紺色の表面は滑らかでつるつるとして、別段嫌悪感はない。 「これを着て、俺と一緒に来て欲しい、後生である!」とかなんとか口上する唇。いつものオレンジとイエローの中間色のシャツではなくて、綺麗なホワイトの襟と袖。笹川了平二十五歳は、本人が似合うシャツの色だけではなく、至極一般的なカラーのそれも所持していると判明した。 まあ、突飛で熱血で無駄なアクションが多いけど、常識もあるやつだしね、とあたしは頷く。日曜の夜に連絡もなく来訪し、インターホン越しにおかしな依頼をしてくる幼なじみが常識的なのかは置いておこう、と黒川花二十四歳は決意した。 ふむ、とインターホンに映し出されている短髪を見やって、特に乱れているのでもない髪先を確認。至急案件でもなさそう。あたしはインターホンには応答せずに、のんびりと玄関に向かう。不法侵入されちゃあかなわないから、仕方ない、開けてしんぜよう。ああ、了平の時代劇がうつった。 「うるさい、近所迷惑でしょ」と渋い声で発しては、ガチャ、と黒川家の城門を開放した。「おお、済まぬな」と一応返答する相手は、多分に自分が近所迷惑だなんて考えてない。悪く言えば適当で、良く言えば大らか。でも超適当。 ピカピカ、と綺麗に磨かれた革靴を放り出すようにする足。十年前あたりからぐんぐんと伸びて、その体躯と一緒にすっかり長くなってしまった。他人の家に入る時の作法がなっちゃあいない。でも、きっちりと靴を揃えられでもしたのなら、それはそれで苛つく感じが否めないから、このままでもよさそう。四歳の頃からの長い付き合いだしね。まあ、よさそう。 玄関で斜めに放られている革靴を横目で睨んでいたら、バサリ、と紺色の布の塊を広げて右肩と左肩に当てられた。 三秒ほどインディゴのそれと黒川花の顔を見つめた笹川了平は、「うむ、やはり似合うであろう」と簡潔。「なにがよ」ととんでもなく不可思議な目線で訴えれば、数秒でとてつもなく照れくさそうに変化した頬がある。ああ、まどろっこしいのは嫌いでな、とか言おうかな、とあたしは少し意地悪になる。 ぐぐぐ、と何かを言い淀んで唇を引き結んだスーツの右手がドレスから指を離し、あたしの左手を持ち上げてあてがうドレスを支えさせる。了平の左手はあたしの右手にも同じことをさせた。 パッ、と両手を世界と日本と並盛に広げてしまえば、紺色の海はあたしの足下に展開するはず。あたしはそうしても構わなかった。万が一、笹川了平がその動作を見て、悔しがったりするのでも気にしない。ただ、もどかしく涙のにじみそうな顔を見るのは面倒だっただけ。 代わりに、バサリ、と持ち上げたドレスを了平にされたようにブラックのスーツの胸に押し当てる。「ああ、了平、紺も似合うじゃない」と笑った。 ぐぬぬ、とおかしな音で唸るホワイトのシャツ。ネクタイもスーツもブラック。とうとう、「そうではない」と地獄の底から生まれたみたいな科白が降った。 ぶるぶると震える握り拳は大きくて、なんとボクシング界ではウェルター級のチャンピオンだったりもする。ベルトを返上していないからね、未だそのはずよ。でも、その拳は開かれると大きな掌になって、黒川花に触れたりもする。ああ、なんて摩訶不思議だか。 了平に押し当てていたインディゴのドレスをバッ、とあたしの両手から取り上げると、繰り返してこの胸に紺色を触れさせる若きチャンピオンがいる。「実はだな」ととんでもなく渋々と口火を切った頬は引きつっていて、とてつもなく苦そうな唇もある。苦み成分はあんまり摂り過ぎると体にはともかく、心にはよくなさそうだ、と体現したいのかも。 黒川花は、結構天井が高いマンションを賃借していたので、なにやらこの数分間のやり取りは、一見してドラマチックかもしれない、と笑う。 背の高い一室で、きっちりとしたブラックのスーツの長身短髪の青年が、インディゴのドレスを女にあてがっては、何かしらを懇願する。真剣というよりは困惑しきって、何と切り出そう、と悩んでいるらしい顔に向かって、あたしは。ねえ、了平。 小道具とか場面転換が必要なら、用意してあげてもいい、だなんておかしなことを宣言しそうなのよ。 ◇ 「で、どういうこと?」 「花は、俺に花を持たせてはくれんのか」 「よく分かんないけど、持ち上げてもいいわよ。一応、チャンピオンならできるんじゃない」 「そうではない。そういう持たせる、ではない」 「あっそ。分かってるわよ」 「花は、意地が悪いな」 「だって了平がいけないんでしょ。いきなりドレスって、意味分かんないし」 「訳は聞かずに、共に来てくれんか」 「無理」 「後生である」 「時代劇」 「ああ、正義の味方の危機であるのに」 「誰よそれ」 「ボンゴレファミリー晴の守護者、人呼んでライオンパンチニストにして、ウェルター級チャンピオンである」 「はいはい、笹川了平ね」 「とあるパーティーに女性をエスコートして行かねばならん。ボンゴレファミリー宛に正式な招待が来ており、無碍にする訳にもいかん」と全面的な溜息。うんざりというよりも、ずっと、ほとほと参った、といった風体のチャンピオンに、ああ、ボンゴレか、とあたしは目を細める。 「ファミリー内に適役な女性っていないの。ほら、あいつの美人なお姉さんとか」と十年前にクラスメイトだった、イタリア帰国子女の爆弾魔を提示。「獄寺の姉は、ビアンキは駄目である。触れた途端に、手から毒料理が生える」と情けなさそうな声。 「パーティーが危ない場所でなくて、ファミリー関係者じゃなくてもいいんなら、あたしじゃなくてもいいんじゃない、京子とかでも」と黒川花の親友であり、笹川了平の妹の名前を出す。途端に、ぶるぶると震える拳が、「京子は駄目だ。ボンゴレのボスがエスコートするそうだ。おのれ沢田め」とメラメラ燃える瞳。誇張でなく。 まだ認めてないのか、とこっそりと息を吐いてしまう。了平は、マフィア関係者以外の一般人がボンゴレファミリーに関わるのを快く思っていない。自分はもうボンゴレなくせして。十年前から、すっかりしっかりファミリーなくせして。 笹川了平は、黒川花に対しても当初は完全にそれを貫いていた。付き合い始めてからも、延々と世界相撲協会の理事だの、俺は正義の味方なのだ、だの素っ頓狂な言い訳にならない言い訳を繰り広げた。それで誤魔化せる訳なんてないのに。 しびれを切らした黒川花は、数か月前に件のファミリーのボスとやらと、十年来のボスの想い人であり、あたしの親友でもある女の子に言質を取った。ついでに、あたしとあたしの友達でもあり、ボスとやらにこれまた十年来想いを寄せている女の子にも。加えて、ボスとやらの傍にいる長身の短髪黒髪の野球青年と、いつも手と口から煙を吐き出しているイタリアンハーフな爆弾魔にも。その時も、五人が吐いてしまったことに対して、さんざん立腹したウェルター級チャンピオンの姿があった。 「巻き込むなと言っておろうが!」と絶叫する喉はとてつもなく真摯。黒川花の問いは半分脅迫みたいなものだったけど、それこそ五人とは十年来の付き合いよ。仕方がないとか、渋々だとか、気が進まなそうだったりとか、ああ、一人、「なんで知らねーの」とかぽかんとしてたのがいた。昔っから野球バカ。蹴っといた。 「もう証拠は上がってるのよ」と警察手帳でもかざしそうなあたしに、血管が切れそうにシワを寄せる眉間が悲劇を刻む。ギリリ、と粉砕されそうに顎を軋ませる。顎が変形しそう、とあたしの懸念をよそに、晴の守護者とやらは繰り返して絶叫した。 「ふざけるな!」と振り下ろした左拳。利き手の右でなかったのは、一パーセントくらいは冷静だったのかな、と今になって思う。春の綺麗な三日月と宵闇の下、グシャ、と崩れていく煉瓦の舗道。誰が並盛町に弁償するのよ、と陥没して紅い煉瓦が周囲に散らばった駅前で心配する。刹那、はああ、と深い息を吐いた唇が。 「分かった、花は全てのマフィアから、否、世界の全てから、俺が守る!」 黒川花は両目を見開いた。宵闇の前から何度か発生していた、まどろっこしいプロポーズよりも、ねえ、よっぽどな破壊力。 そんなの無理。無理難題。あまり考えたくはないけど、未来に黒川花に起こるかもしれない不慮の事故なんて、笹川了平には防げはしない。二十四時間一緒なわけでもないし、第一、一緒にいたからって防げるとも限らない。それは世界のマフィアからの危険だって同じこと。 未来に何らかの病魔に侵されるかもしれないし、いくら晴の守護者の活性の力があったとしても、それは一般人に使うべきじゃあなさそう。しかも、その活性が病気に効くのかだって分かりやしないし。 笹川了平の世界の全て、がどこからどこまでを差しているのかがこれまた判然としなかった。リアリストな黒川花は思考する。懸命で真剣で真正直。少しだけ不器用。あたしから見ると随分と生き難そう。でも、きっと了平はそんな風には考えていないし、そうと感じてもいないんだろう。 サーカスの曲芸師みたいだ、と思ったら、それは無理、と言葉にする必要がないような気がした。 どれだけ危険でも無謀でも無茶でも、いっそ荒唐無稽な世界に対しているみたいに、真っ直ぐに立つ。もしや、空中ブランコの花形スターにでもなるつもりなのかな、と瞬きをする。ああ、火の輪くぐりとかかも。だって、ライオンパンチニストなんでしょ、そうよ、奇想天外に猛獣使いかも。 黒川花はリアリストであったけど、実はロマンチストでもあったので、この世に全てを守れる完全無欠なヒーローはいないと実感しながらも、それは決して嫌いではない。だから。 完璧にそれは果たせないだろうことを健気に叫ぶヒーローに、守らせてあげるのも悪くないかも、とその瞬間に思ってしまったのだ。 ◇ 「あのさ、このドレス、誰が選んだの?」 「俺だが、気に入らんか」 「そうじゃなくて。背中ばっくり開いてる、編み上げだけど」 「な」 「わざと?」 「ち、違う!」 「でも、了平の好みなんでしょ」 「そ、そうであるが。い、色で選んだのであるが」 「まあ、サイズは合ってそう。了平チョイスにしては」 「店で、抱き締めた時にこれ位だ、と供述した」 「なにそれ。恥」 「それでは分からんと言われ、京子に説明してもらった」 「当たり前でしょ。でも成程、それでサイズ伝わったのね」 「そうだ」 「ねえ、了平」 「なんだ」 「このドレス、下着付けられないタイプだけど」 「が」 「ゆ、浴衣か、着物のつもりで頼めぬだろうか」と微妙に萎縮してしまったサーカスの団員は、大層頬が染まっている。あたしにしてみると、件の黒川花を守る宣言の方が余程赤面ものだと思う。でも、たぶん了平は、問われればけろっとして繰り返し宣誓するんだろう。恥ずかしい。 「じゃあ、ちょっと着てみるから、背中の編み上げやってよ。似合ってなかったら行かないけど」とあたしのヒーローに宣言。バサリ、とマンションのフローリングにインディゴの裾を広げて、紺色の波と海を作る。波立つそれは綺麗な色であたしの心を覆う。 「了平、編み上げ」と背中を向けながら、ドレスと繋がっている紺色のリボンを手渡したら斜め後ろに紅潮した頬。 「こ、これは、駄目である」と微かに目を反らしたそれが、ゆらゆらと戻ってくるおかしな摩訶不思議。 「なにが、早くしてよ」と急かしたら、「良過ぎて、駄目である」と口元を覆っている掌はウェルター級チャンピオンの拳のはずなのに。 そう言えば、こいつ背中好きだったな、と納得しながら、「パーティーであたしの後ろに張り付いてたらいいでしょ」と指さした。 (守ってくれるんでしょ、守らせてあげるわよ、ねえ、笹川了平、と笑った)