【獄寺+ハル】気晴らしだって、ニライカナイ
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■B6/58P ■獄寺+ハル。今回コンビです。獄寺視点の14歳の二人を2話、ハル視点の24歳の二人を2話の計4話です。 ■サンプルは獄寺視点その1です。
鋼鉄のデマゴギー
夏草だって、滴を称え。 稲穂はこうも、豊かに揺れて。 極寒の地に、取り残されても。 春は来るとも、知っていたんだ。 とてつもない絶叫が世界に鳴り響き、オレは並盛町の終わりを予感する。 この地は破滅を迎えるのか。音はびりびりと鼓膜を叩く。雨は上がりかけだった。ざはざばと降りしきっていた水分を蹴飛ばしながら滑走する両足は、さっぱりとか弱くない。太くはないが図太いだろう。うわあぁぁぁん、と獣の咆哮のような音階だったから、てっきりアホ牛ではないかと舌打ちした。ばしゃばしゃと飛沫を上げて走る背中が小さくなる。獣は獣でも牛ではなくなまはげの方だったので、獄寺隼人は余計に眉根を寄せる。 普段のオレであれば、後を追ったりはしない。冗談じゃあない。オレが駆け出さなくてはならなかったのは、目の前にぜいぜいと荒く息を吐き出す姿があったから。「大丈夫ですか、十代目!」と慌てれば、「俺は平気。ただ、ハルが……」と苦しそうに顔を持ち上げ、けぶる視界の先を見ているようだ。知らぬ間に「オレが追います!」と啖呵を切ってしまっていた。大空の守護者の前で、嵐の守護者は格好をつけたくて仕方がなかったからだ。 ばしゃり、とつい先刻までどしゃ降りだった足元が音を鳴らす。ぐっしょりと水分を含んだ煉瓦の舗道とびっしょりと濡れたアスファルトが、「しばらくお待ちください」と訴えているように見えた。乾くのを待っていることはできない。なぜかというと、とんでもなく不本意ながら、先行する獣は偉く足が早いのか、ニットのベストの背中がすでに豆粒だったから。遠く遠く、まるで遥か彼方だと言わんばかりにクリーム色のそれは縮小していく。 ちくしょう、スニーカーが濡れる、と小さく舌打ちする。ちっ、と微かに耳を捉える程度の音と一緒にオレの足は駆け出していた。走りながら、ひたすらに本意ではない、と心で繰り返す。面倒だし、押しつけがましいし、うるさいだろうし、どうせ喧嘩になるのだし、と言い訳を繰り返す。追うのが雨の守護者や晴の守護者であるのならば、上手くやるのだろう、と気づいたら、引くに引けない気分になった。負けん気ってやつだ。 並盛駅南口から真っ直ぐに伸びている煉瓦の舗道を走る。紅い煉瓦が雨で泣いているようで、ベタだな、と辟易とした。普段ならからりとしている煉瓦達であっても、今日のこの日はやはり「しばらくお待ちください」らしかった。紅い直線を走り抜けると、その先で緑地公園に繋がる水路と交差する。灰色の舗道の隣で水が流れていて、夏は目に涼しく冬は体に寒々しい。この灰色ストレートを進んでいくと、広大な敷地を保つ緑地公園に出るはずだった。 はあ、と息を吐きながら、さっぱり見えねえ、と頬がひきつる。灰色で整地された舗道は煉瓦やアスファルトと同様にどしゃ降りの恩恵を受けて、すっかりと涙した。色が重い、と溜息する。濃いグレーになった直線の先にも、これっぽっちもクリーム色のニットベストを発見できない。豆粒から進化してとうとう消滅したのか、と考える。万が一そうだとすると、ここ並盛だけではなく、日本とイタリアも込みで世界平和だ、とオレは胸を張る。 ただし、そうは問屋が卸さないのも人生だ。苦いながらもそうなのだと、獄寺隼人は知っていた。もしや水路沿いの舗道から脇道に出たのか、と周囲を見渡す。水路と舗道は車道のアスファルトとも平行しており、四メーター道路は四方八方に延びている。オレは比較的視力がいい。途中で脇道に反れているなら、豆粒の右左折を見咎めたはずだ、と頷く。この灰色と緑の世界でクリーム色は目立つ。消えていない、と確信した。 それならば、この直線の先にいるはず。〔しょっぴいてきますんで、待っていてください、十代目!〕とテレパシーする。通じたろうか、と少しだけ首を傾げながら、ばしゃり、と足元の水溜まりで音を鳴らした。ばっ、と刹那にそれを通りすがりそうになった。水路に沿う灰色の舗道に設置されているベンチはライトブラウンだ。水路と灰色の舗道と緑の木々と同化したそれに、オレは意識を向けていなかったんだ。 ベンチも雨で濡れては色を濃くしている。すべてが重く色彩を変えた視界の中で、世界と同化するクリーム色のニットベストは暗雲たる雰囲気をまとっている。ざっ、と目の端に映った姿に無意識で足にブレーキをかけ、ぐるりと振り向いた。ひたひた、と静かにベンチに座す獣に近づく。俯いたなまはげは、どうやら〔悪い子〕を探しているのではないらしい。そりゃあそうだ。並盛町には〔悪い子〕はいない。いたとしても、アホ牛くらいだ。しかし、あれは〔悪い牛〕だった。 ベンチから二歩ほど離れた位置で立ち竦む。どんよりとした空気がベンチを包み込み、寄るとよからぬことが起きる気がした。どこかの燃え尽きたボクサーのような姿は身じろぎもしない。セコンドとレフェリーはどこにいるんだ、と目線だけで周囲を見回す。雨が上がったばかりの並盛町はしいん、として沈黙を保った。ここがリングであるのなら、芝生の役目だろうに、と晴の守護者を恨んだ。極限なく、世界は未だに沈黙している。「おい、アホ女……」 常日頃であれば、ぎゃんぎゃんと言い返す口元は閉じられたまま。異様な雰囲気にさすがの嵐の守護者も警戒する。城壁が開かねえ、とどうしたらいいのだか分からずに見下ろしていたら、眼下に変化があった。世界のなにかにはたとしたのか、ハイライトの入っていなかった目にわずかに光が戻った。それはそれはゆっくりと頭を持ち上げた三浦ハルは、まじまじとオレを凝視していた。ポニーテールの髪先までもがしょんぼりとして、力が入っていないかのようだった。 ばちり、と目線と目線が交錯する。運命でも宿命でもない火花は並盛町で弾ける。派手な打ち上げ花火でも地味な線香花火でもないそれは、確かになんらかの意思を持っているようにも感じられた。かち合った視線からカウントスタート。一、二、三、とのんびりと、それでも嫌な予感を抱えながら数えていたら、眼下の景色がわなわなと震えた。「うわあぁぁぁん!」と再度の叫びを上げて立ち上がる。超高速で加速した体にはロケットエンジンでも搭載しているのか、と仰天した。いっそ人類の動きではない。なまはげは地球外生命体かもしれない、と思った。 「獄寺さんじゃあないですか! 最悪です!」 ぎゅうん、とターボジェットを噴出するかのごとくの出力でアホ女が走る。最悪なのはその捨て台詞だった。ぐんぐんと速度を上げるクリーム色のニットベストをぼんやりと視界に映しながら、コミュニケーション能力がないのはどっちだ、と日常のなまはげの言葉を反芻した。獄寺隼人に対し、「少しは言葉を選んだ方がいいですよ」とあのアホ女は主張してはいなかったろうか。選んでいないのは、明らかに先刻のアホ女の方ではなかったか。これを、オレは世界の誰に問うたらいいのだろう。 「ざけんな! 最悪なのはお前だ!」 めらめらとした嵐ではない炎がオレの表層で燃える。かっ、としたまま、無意識に足を動かして駆け出していた。今度は豆粒になる前にその背中を捉えた。雨に濡れそぼる灰色ストレートを滑走するなまはげは、まるで一流のスプリンターのようだ。ふざけた素っ頓狂な言動とは裏腹に、恐ろしいほどのスピードで走る。新体操部はブラフかよ、と信じていない神様とやらに確認したくなった。そう言えば、「生まれ変わったら、陸上部に入るんです!」とかおかしな発言をしていたのが頭を掠める。そうか、来世で達者で暮らせ、と小さくもなく舌打ちした。 四本の足が灰色の舗道を全力疾走した。こんなにマジで走るのは何年ぶりだ、と偉く頬がひきつる。はあ、と息が上がりそうになる。だのにクリーム色のニットベストに追いつけない。もしやこれは、ついぞさっきの台詞も含めて夢なのか、と真剣に考え始めた。夢だとしたら、とんでもない悪夢だ、と肩で息するようなった瞬間に、ひょい、とポニーテールがわずかに振り返る。オレの姿を見開いた目に映し、「うわあぁぁぁん!」と繰り返しての絶叫だった。 刹那、灰色の舗道の左側でのんきに流れている水路に向かって、ぐうん、と半円を駆け助走をつけた体躯が空を舞う。ばあっ、と水路の手すりに足を掛け、水路自体を走り幅跳びの要領で跳ぶ。アホ女の動きに驚嘆して驚愕した。確かに水路幅は二メートルはなく、大した深さでもないはずだ。せいぜいが膝辺りまでだろう。でも、誰だって落ちたいだなんて思わないはずだ。真性のアホだ、と確信する。 泣き叫びたいのはオレの方だろ、と世界の誰に釈明したらいいのかも分からない。〔もう帰ってもいいですか、十代目〕とテレパシーしながら走る。返事がなかったので、オレはなまはげを追うしかない。超能力があったらよかった、とどんよりと深い息を吐く。「獄寺、結構付き合いいいのな」といつだったか野球バカが評したのを思い出す。不本意ながら、あながち外れていないかもしれない、と少しだけ不安になった。 灰色ストレートと水路に別れを告げたニットベストは、グレーのアスファルトと対峙していた。スプリンター然としたシューズでもなく、ブラウンのローファーで駆ける。昨今のなまはげは革靴なのか、と感心しそうになった。オレは、本物のなまはげが素足なのか草履なのか、はたまた違う履き物なのだか知らなかったけれど。でも本気で調べてみたのなら、あのアホ女よりは理解できそうだ、としみじみとした。 真似をして水路を走り幅跳びするのが癪だったので、灰色ストレートの舗道をそのままに走った。灰色の舗道とグレーのアスファルトは平行しているから、それでも別段問題はない。ニットベストに追いついたとしても、後ろから腕を掴むつもりも抱き締めるつもりもなかったから、ある意味ちょうどよかった。さっぱりと追いつけないことだけが、どうにも勘に障る。それが男のプライドなのだか、未知の生命体に対する恐怖なのかは分からなかった。 いっそ、アホ女が男かUMAであったらよかった。男であれば、殴り合って解決するまでもなく、アホでなまはげな女よりも随分と理解しやすいのではなかろうか。UMAであるのなら素晴らしき研究対象であるのだから、今よりも大層腹が立ちにくいはず。そのはずだ。はああ、と疾走するのと同時に落胆の息を吐き出す。オレは、あれが男でもUMAでもなく、ただのなまはげのアホ女だと知っていたから、もう一度息を吐いたけれど。 ◇ 「ほら」 「これ、カロリーがあります……」 緑地公園最奥のベンチはからりと乾いていた。ライトブラウンのそれがどしゃ降りの影響を受けていないのは、大振りの常緑樹が空を覆っているからだ。深い緑が大きな葉を繁らせて、ライトブラウンは明るく並盛に存在した。二つ並んだベンチの左中央になまはげ。隣に座る義理も人情もなかったから、オレは右のベンチの右端に座った。地球外生命体のなまはげは警戒しなくてはならない。距離を取るのは当然だった。 「あ?」 「スポーツドリンクはカロリーがありますから、ミネラルウォーターかお茶がよかったです……」 わなわなと拳が震えた。握るまでもなく持ち上げた手のひらが空を掴む。天下の嵐の守護者の気づかいを無駄にする返答が心を打ち砕く。柄にもないことをするのじゃあなかった、と数分前に自販機のボタンを二回押した指を後悔する。〔すんません、帰ります、十代目〕と世界とイタリアに向かってテレパシー。〔応答してください〕と三十秒ほどを待機したが、やはりオレには超能力はないらしい。フゥ太に弟子入りするか、と荒唐無稽な思考になった。「別に太ってないだろ」 絶望的なとんでもない気持ちを吐き捨てたら、「そうじゃあなくて、カロリー計算は乙女のたしなみです」とおかしな台詞が続く。誰が〔乙女〕だ。お前は〔なまはげ〕だ。「最近ケーキを食べすぎているのか、体重が増えているので、注意しているんです」と軽い息を吐く。その横顔に〔獄寺さんには分からないでしょうけれど〕とありありと明記してあり、それがまた腹を立てさせる。アホ女は、ペットボトルを大事そうに手のひらの中で転がしていた。 伏せていたまぶたを持ち上げて、ちらりと右手側を伺う。気づいている事実を伝えるべきか伝えないべきかを悩む。〔どうしたらいいですか、十代目〕と大空を見やっても、彼の人には届かないらしい。はああ、とうんざりと溜息してから、深呼吸をする。別段考えなくとも、あの人が選択しそうなことは明らかだった。そうなのであれば、オレは言葉にしなくてはならない。なぜって、オレがここにいるのは十代目の代わりだったからだ。 「おい、アホ女」 「ハルは〔三浦ハル〕という名前なんです。ご存じですか、獄寺さん」 「……ハル」 「はい。なにかご用でした?」 めらめらと胸の奥でくすぶる火がなんなのだか、よく分からなかった。だがしかし、相手を怒らせることに関しては天才的だな、と感心する。自分の発する台詞も効果があるのだか釈然としない。第一元気じゃねえか、と右手に座している地球外生命体を想った。このなまはげが今すぐUMAに生まれ変わらないだろうか、とそればかりを願う。どこに申請したらいいのだろう、とぼんやりと考えた。 「……なまはげは背が伸びてる。だからだろ」 ライトブラウンのベンチに座ったアホ女はぱちり、とまばたきをした。不可思議そうに鼓膜を響かせた音を理解しようとしている。もしや、自分が〔なまはげ〕であることの認識まで時間がかかっているのかもしれない。ふと、犬や猫は自らが〔犬である〕〔猫である〕と意識してはいないのだろうか、と考えた。もしそうであるなら、三浦ハルが自分を〔なまはげである〕と自覚していないのはおかしなことではない。自然の摂理かもしれなかった。 「なまはげって、誰のことですか?」 「ここは秋田じゃない。今、そう質問したやつ以外に、オレの周囲では見かけねえな」 むうっ、と頬を膨らませる新種のなまはげを横目に、子供か、とひたすらにうんざりとする。「獄寺さんは本当に失礼です。第一、あれは着ぐるみですし……」とかなんとか、ぶつぶつと発していた姿が突然にはたとする。ぱっ、と飛び上がるように立ち上がり、ひょいひょい、と手のひらを前髪と頭の真上でかざしていた。その右手はなにとなにを比較しているんだ、と辟易とする。それは、誰かと誰かを比べるための動作だ。 「ちょっと、ちょっと獄寺さん、立ってください!」 ひらひらさせた右手が世界とイタリアと並盛でなにかを測りたがっている。わくわくとしたその表情には誰かを慮るという色はない。〔後生です、十代目〕とまるで念仏か祈りのように唱えながら、ふらりと足を伸ばした。ここは並盛であって舞台ではないのに、「わりと付き合いいいのな」と繰り返して野球バカの台詞が木霊する。るせえ、と心の中だけで否定しては言い返す。うんざりとした気分は最高潮だった。 「……ほ、本当みたいです! 前より、ハルと獄寺さんの目線が近い気がします!」 ふらふらと立ち上がったオレの頭部に、叩きつけるように手のひらが振るわれる。ぴたり、とブラックの髪と銀髪を撫でるアホ女は、ぱちぱちとまぼたきをしては興奮していた。〔アホ女はとんでもなくアホだから、仕方ないんですよね、十代目……〕とテレパシーする意識さえもがぐらりと揺れた。それはいっそのこと、〔獄寺隼人は背が伸びていない〕と表現されているのと同義だった。事実だとしても、屈辱だ。 「体重が増えていたのは、背が伸びていたからだったんですね! 納得しました! 素晴らしきは成長期です!」 きゃらきゃらと笑うなまはげは心底嬉しそうで、オレはまるで能面のような顔をしていたと思う。オレの成長期はどこで道草を食っているんだ、と軽い絶望感に苛まれる。イタリアからやってくるのなら、富士山あたりで引っかかっているんだろうか、と妄想する。雨が上がったばかりで、まだ湿度が高い。背の高いビルに昇ったとしても、残念ながら日本一の山の一端さえも見えやしないだろう。今日は到着しないらしい、とオレは深く溜息した。 「獄寺さん、交換してください!」 「……あ?」 ひらりと差し出してきた右手に首を捻る。「十代目の右腕の地位は交換しねえ。オレのものだ」と真剣にうそぶいたら、アホ女は勢いよく吹き出していた。「違いますよ。スポーツドリンクとコーラを交換してください。カロリーは気にしなくても、いいみたいなので」と何度でも笑う。毒気を抜かれた気分でレッドに彩られたペットボトルを渡せば、「ああ、なんて体によくなさそうなんでしょう! 素敵です!」といい笑顔がある。 プシュッ、と蓋を開け、こくこくと摩訶不思議な色の液体を飲み干していくなまはげは、日本製と海外製のハイブリッドなんだろうか、とはてさてとする。三分の一ほどを喉へと流し込んでしまったポニーテールの髪先が、ぴょん、と跳ねる錯覚がある。「久しぶりに飲みました。美味しいです」とにこにこしているクリーム色のニットベストも、なぜだかピンと張りが戻ったように見える。コーラ一本でどれだけ現金だ、と落胆と感嘆両方の感情が胸を席巻した。 「ハルよりも獄寺さんの方の息が上がっていたので、獄寺さんはスポーツドリンクがいいと思ったんですけれど……」 とまじまじとなまはげに凝視される。オレの顔と右手で手持ちぶたさにゆらりとしているペットボトルを交互に見つめたアホ女は、「スポーツドリンク、似合わないですね」と呆気なく言い放った。ブルーとホワイトで巻かれているペットボトルの外装を握り締めそうになる。今目の前に野球バカがいたのなら、速攻でやつに投げたと思う。それも振りかぶって、ぶうんと全速でだ。 獄寺隼人はスポーツマンシップに則って生きてはいない。むしろ、そんなものはクソ食らえだ。青と白のカラーリングで彩られたさわやかなそれが好きなわけもない。似合わないだろうことも単なる事実だ。だのに、バカにされた気分よりもずっと、傷つけられた気持ちが大きいのはなぜだろう。すげえ調子狂う、と舌打ちしそうに自分自身に驚愕する。数ミクロンだけ発生していそうな水滴を必死で押さえ込む。恥だろ、と己に吐き捨てた瞬間だった。 「ああ、やっぱり、獄寺さんはレッドの方がお似合いです」 ぴたり、と右目の脇に赤いパッケージのペットボトルがかざされる。正面切ってアホ女が嵐の守護者を見据えた。その猫目(なまはげだが)が嬉々としてオレの姿とコーラを見比べる。とんでもなく満足そうに台詞にされて、ぐらりと揺れる心にオレはなにを入れているんだ、と世界の果てまで摩訶不思議だった。アホ女はうんうん、としきりに頷いている。オレはさっぱりと頷けやしない。たぶん、未来永劫そうだと感じた。 怒髪天を突きそうな気分ばかりが溢れて、パキキ、と乱暴にブルーとホワイトのペットボトルの蓋を捻る。あおるように、ごくごくとうっすらとした白色の水分を喉へ流していく。止めるわけにいかねえ、とどうしてだか強迫観念で、最後まで一気に飲み切った。はああ、と涙目になりそうに二酸化炭素を吐いたら、ぽかん、とした猫目が真っ直ぐに見上げている。まだオレの方が高い、とひりひりと胸が焼けた。 「……じゃあな」 屈辱極まりなかったが、最終的な手段として敵前逃亡しか手は残されていなかった。ボンゴレファミリーでも、敵前逃亡は重罪だろうか、としきりに真摯に思考する。いや、これは戦略的撤退だ、と自分さえも騙せない論理をひけらかす。「ありがとうございます! ごちそうさまでした、獄寺さん!」となまはげの声を背中に聞く。振り返らずに、ずかずかと進んで必死にぐらつく体を叱咤していた。 (〔こいつうんざりだから、おさらばです!〕と十代目に届かないテレパシーを送りながら)