【ヒバ花】ここが並盛なら、君はフィオーレ
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■B6/320P ■雲雀恭弥と黒川花。短編40話。高二・高三設定。そのため十年後は二十七歳と二十八歳。 ■閉鎖済サイトのヒバ花テキストを加筆・修正したものです。書き下ろしありです。
ここが並盛なら、君はフィオーレ
信じて、繋いで、愛していたと。 いつの日にだか、忘れても。 覚えているのは、記憶の彼方。 揺れる花弁と、夕焼けの空。 ミニ委員長は、どうやって、ここにきているんだろう。 あたしは、はてさてと首を傾げる。件のバズーカの効力は五分。黒川花はそのふざけたバズーカにぶち当たった経験はなかったけれど、どうしてなんだか、白と灰色と薄紫の煙に包まれたことがあった。 誓ってあたしは、バズーカの標的にされたことはない。ということは、経験としてのあれは、未来の、十年後のあたしが食らった、ってことなのよね。 まあ、十年バズーカって、当たると十年後の自分と入れ替わるらしくて、それっておかしいんだけど。 うーん、壊れてたのかな、と小さく唸る。バズーカが壊れていて、本来なら未来のあたしは十年後の黒川花と入れ替わるところ、十年前のあたしと入れ替わったのかな、なんて。分かんないけど。 ふむ、とまぶたを閉じて考えてみる。十年バズーカって、いつからあるんだろう。今度、あの牛柄シャツのチビを掴まえて訊いてみようか、とも思ったけど、できたら会いたくない。あれは黒川花の汚点なのよね。ああ、なんであれが、あの大人っぽい、一見素敵な男の人になるんだろう。全く持って信じられない。本気で信じられない。信じないことにしよう、うん。 そうなると手がかりなしか、と胸の手前で腕を組む。あたしの視界の中には、並盛大学の構内に設置されている時計塔。その屋上。で、なにやら真剣に塔に這っている蔓やら葉っぱやらを観察している小さな手のひら。 ミニ委員長に訊いてみようか、とも思う。 前に、「きけんをおかして、きているんだよ」とか言ってた気がする。うん、確かそうだった。ミニの分際で、ふてぶてしくてしれっとしてて、寡黙で頭脳明晰そう。これならあの雲雀恭弥になるわよね、って感じがする。納得できる。今、ケンカは強いのか分かんないけど。 並大の時計塔は外壁が煉瓦で組まれていて、紅いそれは綺麗。煉瓦と煉瓦の間に長く伸びる蔓が張りついて、どんどんと頂上を目指す。蔓からは青々とした大きな葉が出ていて、外壁いっぱいを埋め尽くしてしまいそう。なんとはなしに、葉を見やるミニ委員長も嬉しそうだった。 「ねえ、ミニ委員長は、どうやってここにくるの?」 ストレートに訊ねてみる。だって、五分しかないもんね。のんびりしてたら、あっという間に五分なんて経過して、コミカルなボフン! とかいう音がするに決まってる。時間は有限で平等。そりゃあ十年バズーカであったとしても。 ちらりとあたしを見返した小さな背が、「きみは、じゅうねんごのぼくからきいていないの?」と大層怪訝そうに声にした。あたしは、ああそうか、とはたとする。 思いつかなかった。そうだ。十年後の、今の雲雀恭弥なら当然知ってるんじゃない。過去の自分のことだもの。あんまりミニ委員長が面白かったから、十年後の当人に詰め寄る気持ちにならなかったんだ、とあたしは自分を知る。 同一人物だって分かってたのに、とほとほとの不思議で自らを思い返したら、やれやれ、と言った風に百二十センチ強の体躯が小さく息を吐く。「まあ、いいけれどね」と本気でどうでもよさそうに言葉にする唇は、もちろん小さい。なにもかもが小さくて、どうにもこうにも見逃せない気分になる。 「じゅうねんばずーかをね、こう、かべにたてかけて、ぼくはむこうにたつ。そして、はっしゃのりもこんのぼたんをおすんだ」 飄々と、淡々と言い放つ口はもぐもぐとお菓子を食べている。それ、あたしの今日のおやつなんだけどな、と少しだけ目を細める。「もらってもいい?」とか訊かれたから、「いいわよ」とは言ったけど。ああ、チョコレートがけのラスク。美味しいのよね。 これからは、バッグからはみ出さないようにしよう、とあたしは一つ賢くなった。ぺりり、とラスクが密封されているパッケージを二つ破いて、顎を動かしていたミニ委員長は満足そうな頬をした。まあいいか、という気持ちになる。 「うまくぼくにあたれば、ここに、じゅうねんごにこられる。はずれたら、けむいだけだね」 とかなんとか、相変わらずクールに呟いている短髪の黒髪。髪はクセがなくてサラサラ。あたしはくせっけだから羨ましい。まるっこい頭。ちまっとしてる。委員長って昔から頭の形が綺麗。変わってないんだ、と無性におかしくなった。 「そのバズーカは、どうやって手に入れたのよ」 とこれまたストレートに問う。だって、件のあれは、牛柄のチビの持ち物なんだもの。ボヴィーノファミリーとやらの所有でしょ。ボンゴレと比較すると、なんか弱小らしいけど。 あたしが中一の時、十三歳の時から、ランボは十年バズーカを手にしていた。当時やつは五歳だった。いつから持ってたのかなんて知らないけど、今あたしは十九歳。今ミニ委員長は十歳のはず。 ええと、ややこしいな。ランボが生まれた時にバズーカがやつに与えられたとしても、その前は空白。ランボが0歳の時、それより前の空白の時間、年齢差からいってあたしは八歳。ということは、同時に委員長は九歳。 要するに、十歳のミニ委員長は、ニアミスで空白の時間を手にしているのかもしれないのよ。 ボヴィーノファミリーから取り上げたとか。まさかね、十歳だし、と唸る。第一、ミニ委員長はイタリアンマフィアなんかとは無関係でしょ。ああ、まあ今は、二十歳歳の雲雀恭弥は、曲がりなりにもボンゴレファミリーに所属しているのかもしれないけど。 うーん、と首を傾げながら、ミニ委員長を見やる。その小さな手のひらはひょいひょい、と緑の大きな葉を取り上げる。ひらり、とそれを裏返したり表にしたりして、ふむ、と納得したように頷いた。楽しそうね、ミニ委員長。 並盛の空は快晴。偉くご機嫌。綺麗な透き通った水色にホワイトの雲がたなびいた。飛行機雲。並盛大学の時計塔はかなりの高さを有している。三階建ての本校舎よりも背が高い。だから、空に近い。 ミニ委員長はポケットからこれまた小さな手帳を取り出して、さらさら、と葉をスケッチした。鉛筆だ。尖ってる。それミニ委員長が削るのかな、と考えたら無性におかしくなった。つい、笑っちゃいそう。 真剣に時計塔に這っている蔓と葉を描く小さな手のひらを見ていたら、なんだかもういいか、って気分になった。そうよ、そうそう。ミニ委員長はミニ委員長だし、雲雀恭弥は雲雀恭弥だし。ミニ委員長が十年後に、あたしの知ってる雲雀恭弥になる。それでいいのよ、たぶん。 うん、と頷いた途端に、ぱたん、と手帳を閉じた手のひらがあたしを見上げて、素っ頓狂な科白をつぶやくのだけれど。 ◇ 「あいのしれんを、しっているかい? くろかわはな」 「は?」 「のりこえなくちゃあいけないんだって。こいびとどうしはね」 「はあ?」 なんかおかしな、難しいこと言い出した、とあたしは、雲雀恭弥をそっくり縮小コピーした感じのミニ委員長を見返した。もしや、愛の試練、って言ったのかな。訝しくなって黒髪の短髪に目を細める。 「ミニ委員長って、恋人がいるの?」 あっけに取られて訊ねてみる。まあ、十歳に対してそれもおかしな質問だけど。こいつって、雲雀恭弥って、ミニ版だろうがリアル版だろうが未来版だろうが、飄々と淡々としているけど、誓って決してふざけてないのよね、と焦った。だからたぶん、この子はこの科白を本気で吐いている。信じられないことに。 「……いないよ。そうなりたい子は、いるけれど」 とてつもなく不機嫌になった頬が、むっとしてあたしを睨む。空気読め、ってことかな、とまばたきする。八歳だと結構素直だ、雲雀恭弥。 「ミニ委員長は、その愛の試練とやらを、乗り越える気なの?」 そう声にすると、今度は明らかに心外だ、と言わんばかりにまぶたを伏せる。わずかに眉間にシワ。まいったな、といった風で軽い頭痛をこらえる小さな姿。あたしはこんな雲雀恭弥を知ってる、と息を飲んだ。 「あのさ、こいびとどうしへのしれんなんだから、ふたりでのりこえないとならないわけだよ」 やれやれだ、とでも言い出しそうな唇に不可思議になる。今はいない、未来の恋人と乗り越えるための試練。なんだか用意周到すぎやしないだろうか、と黒川花は摩訶不思議。 「だから、あのばずーかをつくったんだ」 なんなんだろう、ミニ委員長って、とほとほとの疑問が込み上げていたところに、まさかの爆弾宣言。しれっと、大したことじゃあないけど、とでも発しそうな唇がわずかに持ち上がる。 「十年バズーカを作った? ミニ委員長が?」 「なにそれ」 「なにそれ、なんてあたしの科白よ! 本当に?」 「……ミニ委員長、ってなにかな」 「ああ、ごめんごめん。あなたのことよ。風紀委員長、雲雀恭弥の十年前のミニ版だから、ミニ委員長」 「ぼくは、たいそうせがたかくなるよていなんだ。だから、みにとか、やめてくれない」 「うーん、でも、今はミニじゃない」 「あいてへのけいいがかんじられないよね、きみ」 「そう?」 「そうでしょ」 確かに姿が子供であるからって、ちょっと失礼だったかな、と反省する。少しね。少しだけね。言われてみれば、ミニ委員長は偉く聡明なんだし、子供扱いされるのは嫌かもしれない。ふむ、と呼称を考える。 「ええと、ごめん。じゃあ、雲雀恭弥って呼ぶ? 雲雀? それとも恭弥?」 「……いいんちょう、は?」 「え」 「きみ、いいんちょう、といっているときのこえが、ちがう」 「は?」 「そのつぎに、ひばりきょうや、かな。うれしそうにするね」 「な……」 んてこと。どうにもこうにも、認めたくない事実の指摘をされた。でも、まあ、そうなのかも。あたし、雲雀とか恭弥とかって呼び慣れてない。委員長、って呼んでばっかり。あとフルネーム呼び捨てだな。 ミニだけど侮れない、とじっと小さな背を見据えたら、「なんでもいいよ。じゃあ、きょうやにする?」と妥協案を出された。恭弥かあ、となんとはなしに照れくさくなったりして。ミニ版相手だけど。 ああ、いけないいけない。こういう思考と態度が敬意がない、ってことよね、と腑に落ちる。真っ直ぐにあたしを見返している真っ黒な瞳の中に、ダークブラウンの光彩。見事に日本人な瞳。でも、切れ長の目も変わってない。 「……分かった。あなたやっぱり委員長だわ。ああ、今まで分かってなかったのじゃあないのよ。ちゃんと同一人物なんだって、理解してた。あなたが十年経つと、あたしの知っている委員長に、雲雀恭弥になるんだわ」 「うん」 「ってわけで、そうだな。委員長、って呼ぼうかな。それでいい?」 「……いいんちょう、でいいのかな」 「あれ、ダメ? じゃあ恭弥にする?」 「そうじゃあなくて。いいんちょう、はきみがだいじにしているなまえ、みたいだったから……」 大事にしている、名前。 ぱちり、とあたしはまばたきをする。すとん、となにかがあたしの中へゆっくりと落下してきて、ぴたり、とはまったみたいだった。 まじまじと小さな姿を視界に映したら、「天才少年め」という感慨ばかりが浮かぶ。なんだろう、洞察力が優れているというか、聡いというか。それともあれかな、黒川花が分かり易いだけだったりして。 あ、そうだ。そうだった、十年バズーカ! 「ちょっと天才少年! 十年バズーカを作ったのって本当!?」 「きみをあいてに、うそをつくひつようもないよね」 「やだ本当に!? なんで!?」 「……それ、こたえなきゃあだめかな」 「ダメってこともないけど、理由もないのにあんなもの作らないでしょ」 「まあね」 「だったら、知りたいのが正直なとこだけど」 「まあ、そうなるよね」 天才少年はどうしてだか言い淀んだ。なんとはなしにあたしの様子を伺っている気がする。はたして話してしまってもいいものか、と悩んでいるようにも見える。ちらり、と黒川花に目線を投げたまぶたが伏せられた。 「……あいたくなったんだ。むかしに、いっしょにあそんだことのある、おんなのこに。あのこが、ぼくをわすれていないのか、おぼえているのかを、しりたかった」 ひゅう、と時計塔の上空で風が吹きすさぶ。ひんやりとしたそれは花弁を運んでくる。薄いピンク。並盛大学の敷地内には桜がたくさん植わっていて、保護樹林だって今は薄い桃色に染まってる。 「ぼくはわすれていないよ。でも、あのこがわすれてしまっていたら、あいのしれんを、いっしょにのりこえてくれないかもしれない」 桜色は八分咲き。もっとゆっくりと花開いても構わないのに、昨日と一昨日の並盛町は最高気温がぐっと上がった。もう春だよ、と桜の枝にも気づかれた。だからきっと、待ってなんていられなかったんだ。 「ぼびぃーのふぁみりーのいらいで、つくったんだ。まさちゅーせっつこうかだいがくには、いたりあんまふぃあのいきがかかったかがくしゃなんて、すくなくない。まあ、しきんげんだね」 スカイブルーの空の中に、ホワイトの雲の手前に、ひらひらと舞っているのはピンクの花弁。綺麗で優しくて、儚くて鮮やか。ざあっと風がそれを散らしても、葉桜になったとしても、真っ直ぐに立つ。 「てすとをかんりょうさせたら、ひきわたさなくちゃならない。てすとはこれでさんかいめ。そろそろ、ごうかくてんをだしたいところだよ」 時計塔の屋上から見下ろすと、並大構内に並んでいる桜の木を眼下に映せる。剪定されたそれは全体が丸く整えられていて、ピンクの綿菓子みたいだった。はらはらと花がこぼれても、その形は永遠。 「ねえ、きみはぼくをおぼえている? わすれていなかった?」 どうしよう、めちゃくちゃなロマンチストがきた、と戦慄。天才少年でロマン派の一派。委員長、こんな歳からロマンチストだったのか、と納得する。ロマンチストくさい、と思ってたけど、そんな比じゃあなかった。 黒川花を睨む目は真剣で真摯。これっぽっちもふざけてない。委員長って、前から言動がおかしいな、と感じてたけど、そうじゃないんだ。真面目すぎて、それが一周回っちゃって、なんだかふざけて見えるのかも。 なんて答えようかな、と一瞬考える。だって、あたしの伝えることが、この天才少年の未来を決めちゃうわけでしょ。まあ、あたしの言うことなんてちっぽけで、大した影響も与えないのかもしれないけど。 うーん、と小さく唸る。黒川花は雲雀恭弥と再会した。これは確実。そして、なんだか今の関係になった。これも確定。じゃあ、それを掻い摘んで話してしまっても問題ないのかも。 と、その瞬間に、あたしは気づく。 ねえ、「愛の試練」とやらはいつくるの? もうきたの? 知らん振りして通り過ぎたの? あたしと委員長は、もうそれを乗り越えてるの? それとも、もしかして、これから……くるんだったりして。 喉が乾く。春先は空気が乾燥する。からからになる。水分が足りない。潤わない。どうしよう、とくらくらする意識を抱えて、お茶、とバッグに手を伸ばす。震える手。なんだろう、動揺してる、あたし。 そんな黒川花を見かねたのか、天才少年はあたしのバッグから見えていたペットボトルを取り上げて、パキリ、と蓋を回転させた。 「……はい」 「あ、ありがと。あたしのだけどね」 ごくり、とペットボトルのお茶を喉に流し込む。ジャスミン茶。桜味。ジャスミン茶はジャスミン茶でしょ、桜味ってなんなのよ、と思わないでもない。でも、綺麗なピンクがかったライトブラウン。美味しい。 ほっ、と人心地ついて、ごくごくと続けて綺麗な液体を体内に入れる。落ち着いて、潤って、いつものあたし、黒川花。ペットボトルには三分の一くらいのお茶が残って、はあ、とあたしは息を吐いた。 「ありがと、天才少年」 「どういたしまして。だいじょうぶかい」 「うん、もう平気」 「じゃあ、こたえてくれる?」 あ、逃がしてくれる気はないんだ、とおかしくなった。さすがロマンチック街道一直線。まあ、一直線じゃあないのかもしれない。紆余曲折して、今、天才少年はあたしの目の前にいるのかも。 「一言で言うと、名前はね、忘れてた」 天才少年が、うそだろう、と言った風に目を見開く。 「でもね、それ以外は覚えてたわよ。名前を忘れちゃったせいでね、探すのに時間かかった。一つ年上だったから、あたし年上ばっかり手当たり次第で、ばかみたいだった」 訝しそうな瞳がまばたきをして、刹那、少しだけ苦しそうにする。 「待っててもね、運命の相手が現れなかったの。ああ、これは天才少年における、愛の試練を一緒に乗り越えてくれる相手のことね。もうね、この世にはいないのかもしれない、と思ったくらい」 不機嫌そうにする小さな頬が、むっとしてなにかを言いたそうだった。 「でもね、そうじゃなかったの。実はね、もう結構近くにいたのよ。あたしの目がね、節穴で気づかなかったの。知らなかったの。分からなかったの。あとね、なかなか認めなかったの」 意外そうな表情で黒川花を見上げる天才少年は、もう、まばたきもしない。 「天才少年、あたしね、あなたとなら、雲雀恭弥となら、愛の試練とやらと、闘ってもいい」 ああ、なんてロマンチック街道まっしぐら。委員長よりも、よっぽどあたしの方がロマンチストかも。どうしよう、知らなかった。あ、そんなこともないか。昔からこんなだったかな、あたし。 すい、と闘う左手を差し出して、小さな手のひらと握手。 いろいろあったから、もうその試練、終わってると嬉しいんだけど、と正直な感想を一つ。 ぼくは、きみとあえないのが、それだとおもっているよ、と断言された。 なるほど、と笑って見せたら、ボフン! とコミカルな音と煙は並盛を取り巻いたんだ。 (委員長が戻ってきたら、一緒に愛の試練行く? とか訊いてみよう、と笑った)