【山ハル】撃ち出せ、ドリームバルーン
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■B6/282P ■山本とハル。短編39話。高二設定。そのため十年後は二十七歳。 ■閉鎖済サイトの山ハルテキストを加筆・修正したものです。書き下ろしありです。
撃ち出せ、ドリームバルーン
夢は破れて、手の中に。 残った一つを、握り締め。 覚悟を二つ、空にかざすと。 いけしゃあしゃあと、雷落ちた。 「山本さん、これで勝負してください、ハルと」 久しぶりにきた。オレは少しだけ嬉しくて懐かしくて、少しだけ情けなくて泣きそうになる。 ザアッ、と神社の境内の砂利を白木の下駄が踏み締めると、凛々しい彼女の裾は水色。裾の上にはオレンジ色のほおずきが並んでいて、その柄に口端が持ち上がった。これまた懐かしい柄だ。まだ持ってたんだ、と頬がほころぶ。十年前に見たことのある橙色に、三浦ハル二十七歳の丁寧な扱いが浮かんだ。破天荒でマイペース、と評される彼女は、特別そんな言葉を否定しない。「そうですかねえ」と笑うだけ。別段傷ついてもいない。表層の言葉なんかでは簡単に彼女は傷つかない。怒りもしないし、寛大。 今日はオレンジ色の帯はしっかりとした半帯で、へこ帯じゃあない。十年前の気持ちが蘇る。彼女は山本武二十七歳の右手と左手に敬意を表しているんだろうか、と摩訶不思議。 いや、んなことない、と瞬間的に小さく吹き出す。単純に今日は半帯の気分なんだろう。これまたこっそりと笑ってしまえば、むっ、とする頬だって目の前だ。 「ハルを笑ったわけじゃねえの、オレのこと」と情状酌量してほしい台詞。かすかに不機嫌に目を細める彼女はまれだ。あんま見たことない、新鮮。 ヒュルリ、と寒風なんてのは吹きすさばない。残暑の並盛町の夕方はスカイブルーとオレンジが混ざり合った空。綺麗だ。オレの前に佇んでいる浴衣の中にそっくりな色が展開しているので、ああ、彼女は並盛さえもがその手の内か、と感嘆した。 さすが無敵、とわずかに息を呑む。小さく笑いと一緒に。そんなオレの様子に余計にむっ、とした頬が動く。歪んだりはしないで、綺麗。 バッ、と右手におかしなアイテムを取り出す。プラスチックで十センチ強。細長いのに楕円形がくっついている感じ。本体はオレンジで、楕円の上にクリアなプラスチックでフタが被さっている。フタに封印されているのは、ホワイトとピンクとクリームイエローのそれ。 ひらひら、と左の手のひらを広げたハルが、ゆっくりとプラスチックに設置されている銃口に指をかける。「いいですか」と言わんばかりの目線をオレに投げる。一応曲がりなりにもボンゴレファミリー。イタリアンマフィアの雨の守護者にも懇切丁寧な物腰。「いーよ」と彼女とそっくりに見返したら、カシャン、と撃鉄が上がって指先がトリガーを引く。 ポオン、と並盛の空に発射されたのはホワイトの小さな塊で、ああ、誰かの魂みたいだ、とオレは思う。 パシ、と山本武の右手がそれをキャッチすれば、三浦ハルはそれはそれは満足そうに頬を歓喜させる。右手の親指と人差し指で押したら、クニャリ、と曲がって潰れる柔らかい甘味。ポイ、と口に放り込んで噛むと、うーん、甘いな、と男としての素直な感想。 「マシュマロガンです」と誇らしげな水色の浴衣は相変わらず彼女に似合ってる。「おもしれーのな、ハルの玩具?」と十年前から繰り返す呪文みたいな問い。彼女は、何度もオレに同じことを質問されて飽きないんだろうか、と謎。ちなみに山本武は飽きてない。 「はい」ととびきりの笑顔。それはオレに対して卑怯で、あ、ひょっとして作戦なんかな、と油断しないようにする。 挑戦的な猫とそっくりの瞳が、楽しげに光る。「山本さんのもありますよ」と今度は本体がスカイブルーのプラスチックを取り出す。なあ、ハル、どこから出したんだ、それ。 実は彼女の手のひらは魔法を生み出せる力があったり、その指で不可思議な空間を開く能力があるのかもしんない。よく、そう考える。どうしてなんだか、おかしなサイズの素っ頓狂なアイテムが山盛り出てくる。生産者。あ、消費者なんかな、とオレは首を捻る。 誓って決して山本武には真似できない芸当をやってのける彼女は、ボンゴレファミリーには属していない。イタリアンマフィアの闇にこっそりと隠れている、特殊な能力者でもない。 それでも、どうにもこうにもオレにばかりに有効な能力でも持っているのか、はたまたオレと出会ってから身につけたのか、三浦ハルは特別なものを所持していた。 オレでは絶対に勝てない、と漠然とでも感じさせるそれは、特殊能力でもなんでもなかった。多分に、言葉にしなくちゃあならないのなら、そうだ、魅力みたいなもん。 山本武は十年以上前から、三浦ハルに魅了されていた。ただ、それは嫌なことでも悔しいことでも辛いことでもなかったから、オレは気にしてなかっただけ。むしろ、嬉しかったし。 スカイブルーのプラスチックの本体を、オレの左腕を取って、カチリ、と装着する彼女。因縁みたいな運命みたいな色は、変化も変遷もせずにオレンジとスカイブルーだ。これも飽きないのかな、と不可思議。でも、山本武は飽きてない。好きなの変わってない。 「よし」とはまったベルトの緩みを確認して、満足そうなダークブラウンの瞳。「ここがトリガーです。これを上げると本体内部のマシュマロが銃口に装填されます」と説明する彼女。相手に解説をはしょって、自分を有利にしようとは考えない。三浦ハルの心は正義なんだ。 「ハルのそゆとこ好きだ」とつい声に出した。オレの黒の浴衣の袖をまくってスカイブルーのそれを指さしていた彼女が、ぱちり、と不思議そうに瞬きをする。 「なにがですか」と余裕しゃくしゃく。照れない。別に、照れてほしいわけでもねーけど。照れたハル好きだけど。 「いや、なんでも」とニカ、と笑った。すると、息を呑むようにして瞬間の沈黙と、もどかしそうな頬。あれ、照れてる、と不思議になった。なんでだろ、今なんかあった? 「山本さんの笑顔は、ズルいです」とわずかに目線を反らした彼女は、はあ、と深呼吸をする。その数秒で照れた頬を振り払う。落ち着きを取り戻してキッ、とオレを睨む姿は凛としている。 「ハル、カッコいい」とついつい呟く。「はひ!?」と今度こそ仰天した彼女は頬を染めて、「山本さん、さっきからなんなんですか、勝負前に動揺させる作戦ですか!」と軽い抗議と悲痛な絶叫。 「いや、素直な感想」と一言だけ。「もう」ととんでもなく恥ずかしそうに息を吐き出す彼女はとてつもなく可愛くて、そう声にしたい。また怒られっかな、と思考。 「勝負してくれますか」と厳しい瞳を見返したら、オレは、ふと、昔から分からなかったことがなんか分かったんだ。あ、そっか、と予感がした。 これまでに、ちらっと言われたこともあった。絶叫されたことも。静かに真っ直ぐに説明されたことも。でも、オレにはどうにもこうにも理解が遠かった。山本武が天然と評されるゆえんだろうか、と十七歳のオレは首を傾げてた。オレが天然なら、ハルもかなりの天然だと思うけど、と感じたのは黙ってた。 ピカリ、となにかが瞬く。希望の光。そうじゃあないなら、腑に落ちる瞬間みたいなそれ。 「ルールを説明します」と彼女は発する。オレが勝負を受けるか受けないかの返事は無関係。無視じゃあない。だって、三浦ハルは知ってんだ、山本武が勝負を受けるしかないってことも。 おかしな関係。普通の彼氏と彼女じゃあない。まあ、普通の恋人同士みたいな時もあっけど。相対的に見れば、そんな時間も長いけど。 「生まれ変わった宿命のライバルなんかな」と聞いてみたことある。マンガみたいに。「それは格好いいですね」と彼女はきらきらとした目をさせた。反応が女の子っぽくない、珍しい。 でもさ、それハルっぽいな、と当時のオレは頷いたんだ。 閃いた。まるで風が吹き抜けるみたいだ。オレと彼女はそっくりだ、って言われることがある。いっそ呆れたみたいに周囲に。ひょっとしたら、基本的な性質は似てんのかも。なぜって、山本武は三浦ハルの言動を否定しないらしい。んなの必要ないからなんだけど、世間一般では珍しい現象らしい。ハルにもよく言われる。じゃあ、そうなのかも。似てるとこあんのかも。ただ、まるっきり違うところだって持っている二人だ。だから、なあ、ハル、そうなんじゃね? オレは「好きだから負けてもいい」で、ハルは「好きだから負けたくない、勝ちたい」なんじゃねーかって。 ◇ 並盛町は夕闇。空では、スカイブルーとオレンジが混ざり合って溶けていく。わずかに入り込んでいるのは、うっすらとした白雲。それが細くたなびいた。 並盛神社は朱。水色と橙の手前で、荘厳で仰々しい。でも、なんだか昔からある色で安心する。 神社の境内は出店で色がごった返している。赤に青に黄色に緑。原色オンパレード。だからこそ、どうにもこうにも綺麗な水色と橙色は浮き上がるように目線を引く。惹きつけられる魅力がある。 パンパンパン、と鼠花火が着火したみたいな音が斜め後ろから響く。揺れるスカイブルーの袖とオレンジ色のほおずき。彼女の浴衣の中にはオレの上空とそっくりなホワイトの線だって引かれていて、並盛を統べているのは一体誰なんだろう、と摩訶不思議だ。 ひょい、とクリームイエローの弾丸をかわす。黒い袖をひるがえして彼女の魂みたいな塊を空中で取って、ポイ、と口に放り込んだ。甘い。 山本武のその動作をキッ、と睨んだ彼女が悔しそうにする。どうしてそんなに、とダークブラウンの瞳が語る。なんでだか分かる。オレ、いつの間にかテレパシーみたいなの使えるようになったんかな。 ザアッ、と白い砂利を蹴飛ばして方向転換。ハルの射的の腕は悪くない。むしろ上等で上級。女の子にしては、だけど。ああでも、男に混じってもそのへんのヤツには負けないかもしんない。結構敵なしかも。並盛でも、世界でも。 もしや山本武に対してだけでなく、全てに対しても敵がいないんだろうか、と少しだけ薄ら寒くなる。ハルがマフィアになったら、どーしよ。ボンゴレファミリー雨の守護者じゃあ勝てねーかも、とおかしくて震える。 蹴り出した下駄でバランスを崩さないように注意しながら、後方をわずかに振り返る。視界にはオレンジのプラスチックを右手首に装着した姿。引き離せてない。並盛神社の境内の中じゃあ、さすがの山本武でもトップスピードには乗せられない。乗せてもいーけど、どっかの建物に突っ込むか出店にぶつかるかするよな、と苦笑。 三浦ハルはそこも考えてる。むしろ考え抜いているかもしんね。作戦立案とか、向いてんじゃねーのかな、とちらりと頭をよぎる。 周囲の地形。佇んでいる場所の時刻。走り出す路の先に位置している建物。服装の便利さと不便さ。天気と気温と湿度。タイムリミットはあるのかないのか。時間をかけた方が有利なのか不利なのか。あとは相手の頭脳、技量、体力、体調、機嫌いいか不機嫌か。 バアッ、と境内の横に走っている朱色の柱を握っては、体を支えて両足を宙に放り出し、朱色を飛び越える。神主さんに怒られっかな、と微かに懸念。でも、それどころじゃあない。追っ手は俊敏だ。 柱が支えている朱色の壁に一瞬だけ身を潜めて、振り向き様に一発。と思ったけど、ターゲットが消失。ロストだ。どこ行った、ハル、とオレは瞬きする。 刹那、トン、とオレの右手三メートルの位置に朱色の柱を従えて立ち上がる影。ゆらり、と水色と橙色が揺れて踊る。それを視認した途端に、黒の浴衣の体躯は彼女と朱色の壁から飛びすさった。間一髪。危なかったって。 下駄なのに足音が軽やかで、彼女の体調が悪くないのを伺わせる。むしろ快調。絶好調じゃねえのかな、とあの素早さに感激だ。走りながら朱色の柱の縁の下に目をやって、うーん、と唸る。ここ抜けられたらいいけど、もし詰まったら目も当てられね、と断念した。体細いし、彼女ならいけるかも。オレはちと難関そう。 細いけど、でも柔らかいんだよな、と心底の謎。今日一番のだ。なんでなんだろ、と十年前からオレは不可解。答えが出ない。別に、出さなくてもいいのかもしんねーけども。ただ、ちょっと知りたいだけ。なんでなんだろ。なあ、ハル、教えて? 朱色の柱と壁からは遠ざかって、出店の中を注意深く抜ける。一定数の混雑。楽しげな雰囲気。ここは彼女も無茶はできないはず。今、オレは背高いの不利なんじゃねーかな、と目を細める。でも、ここを走り抜けるわけにもいかない。 勝負はこの先な気がする、と心が告げてる。なんてわけもなく、勝手知ったる並盛町で並盛神社。見取り図は頭に入ってる。当然山本武にも、必然で三浦ハルにも。 出店が並んでるのとは反対側。舗装された道路と歩道とも正反対。祭りの光と音は届いている。でも、鬱蒼とした樹木と緑と、重い色調の石畳だ。石畳と繋がっている境内への石段が、夕焼けに染まる。水色は橙色に食われていって、だんだんと二つは色を変遷させていく。 カラン、と白木の下駄の音が響く。綺麗に反響するので、祭りの音が小さくなったみたいだ。 コロン、と涼しげな音はゆっくりとゆったりと黒い浴衣に近づく。一歩ずつ。睨むのでもなく真顔。真っ直ぐに持ち上げた左腕と水色の袖が、山本武に銃口を定めている。彼女の右手の人差し指は、左腕に装着されたオレンジのプラスチックのトリガーにかけられたままだ。 スイ、と比較的大仰な動作で黒の浴衣の袖を持ち上げる。彼女に向かって真っ直ぐに。水色の浴衣の胸のあたり。心臓の真上。オレも右手の指をトリガーにかける。いつでも撃てる。発射オーライ。 お互いに相手に真っ直ぐに伸ばされる腕。迷わない。狙っているのは互いの心臓。真っ向勝負。純粋な腕が試される。西部劇だったら、背中合わせで五歩歩いてから振り向き様に撃つ、なんてあるけど、それすらもどかしい。ただひたすらに撃ちたい、相手の心臓めがけて。 倒したい、負けたくない。 じゃあ、ねんだなって、オレは実感する。そうだ、証明したい。自分の腕を、気持ちを。それが正真正銘で正直なとこ。ハルの方は分かんね。倒したい、負けたくない、かもしれない。彼女はオレじゃあないから、違っておかしくない。むしろ違ってていい。それが本当だ。 勝ちたい、すげえ好きなんだって、それが証だ。 たぶん、オレはこっち。 ジャラリ、と白い砂利を踏み締める。勝負はもう一瞬。トリガーを引いた刹那に決まるはず。じりじりとした緊張感。それ以上になんだかワクワクする感情が膨れ上がる。なんだこれ。どうしよ、ハル、楽しい。 バッ、と歩幅を広げる水色の裾が、「いきますよ」と目で合図する。「いーよ」と黒い袖も目で返事。アイコンタクトってやつ? オレとハルってコンビ組めるんだろうか、テレパシー使える時もあるし、有効なのかも。 カチリ、と同時に撃鉄が上がって、バンバンバンバン、とこれまた同時に連射される。音が重なる。並盛神社の宙に飛び上がるホワイトとピンクとクリームイエロー。まだ夕暮れだけど、二人の上空で星みたいだ。 黒の袖と水色の袖から発射された無数の弾丸は、相手の胸をめがけて飛んだけれど、相手の星みたいな柔らかい弾丸に次々と落とされていく。二人の中央でホワイトはホワイトに、ピンクはピンクに、クリームイエローはクリームイエローにぶつかって落下する。 ガチ、とオレの手元でスカイブルーの本体が空腹だと嘆きを上げる。銃弾が装填されず、空虚になるトリガー。ハルを見やれば、彼女も似たような表情で佇む。オレンジの本体も腹減って撃ち止めみたいだ。うーん、引き分け、と唸りそうになる。引き分けならまだ相討ちのがいんだけど、と山本武は複雑で渋い顔になる。彼女も納得がいかなさそうな瞳。でも、ダークブラウンの光彩はまだ諦めていない。あれ、延長戦かな、とオレが不思議に感じた刹那。 スイ、と黒い浴衣に近づく水色の袖に、ドキリ、と胸が鳴った。いや、オレは撃ち抜かれてない。勝負はイーブンだったはず。だって、引き分けだ。もう残弾はない。オレもハルも、二人とも。 山本武に伸ばされた水色の袖がオレをギュッ、と抱き締める。これは決着でいいんかな、と考える。まあ、いーけど、ちっとハルらしくない、と不可思議は撃たれていない胸で広がる。 オレの首に伸ばした両腕が柔らかい。水色の浴衣の色が至近距離にある。肘を曲げて山本武の頭を抱き締める彼女の首筋が綺麗で、ドキリ、とまた心臓が鳴った。 引き分けでいいんかな、と世界の果てまで飛び出しそうな摩訶不思議を味わった瞬間に、バッ、とめくられる彼女の右袖。三浦ハルの左の指がオレの後頭部を抱えたままに、トリガーを引く。 バンバンバンバン、と連射される弾丸はハニーオレンジ。全弾が並盛の空を舞って、次々と黒い浴衣に降り注いだんだ。 「ハルの勝ちです」とうっとりとした笑顔の彼女。 「反対の腕にも本体つけてるって、反則じゃねーのかな」とオレは主張。 「そこはハンデですよ、山本さん強いですもん」と無敵な勝者の台詞。 なあ、ハルが無敵なら、そうだ、ハルにそっくりなオレも無敵なのかも、と笑った。 (単に、ひたすら勝ちたいか、まあ負けてもいいのか、選ぶものが違うだけ)