Don't say even if you die
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2021年9月4日webオンリー【B with ME】にて発行 Don't say even if you die はるゆづ/コピー/28p ◎唯月の書いた曲の話 ◯不穏ではあるけどわりと通常運転 ◯ハッピーエンド(になる) ◯とのとごーちんの主張がわりと ◯キラキンは全員距離が近い 若干不穏な感じですがまあ…当社比いつも通りです… サンプルは冒頭三分の一丸投げました。とのの登場はサンプルにあるだけです。いつも通り距離が近いです。
本文サンプル
「唯月ー?おはよー!」 カーテンの隙間から差す朝陽よりも明るい声音に、唯月はゆっくりと瞬いた。重たい睫毛を上げて、緩慢に振り返る。ようやく意識が輪郭を取り始めた唯月は、落とさないように両手で握っていたペットボトルをテーブルへ置く。あとふた口ほど残っている中のミネラルウォーターを飲み干してキッチンのゴミ箱へ捨てる毎朝の日課は、今日はリビングで頓挫した。日課とはいえ、無事完遂出来るかどうかは実は五分五分である。 「おはよ!」 「……………おはよう」 リビングのソファから今まさに立ち上がろうとしていた、ように見えるだろう唯月の背後に回って、遙日は改めて挨拶の声をかける。背もたれ越しにひょい、と顔を覗き込まれれば、唯月は再びソファへ背中を預けるしかない。しかしそもそも部屋からキッチンまで真っ直ぐに行けば良いものを、眠気に負けて一度リビングに寄り道してしまったのだから、まだ暫くは唯月にひとりで立ち上がる意思は無かった。知ってか知らずか、遙日は後ろから覗き込んだ唯月の肩へ腕を回した。これで物理的にも立ち上がれなくなる。 「もーちょっと寝てても大丈夫だったのに」 「うーん……はるが居なかったから…」 「えっ、可愛い!どうしよう!」 「どうもしないで」 はわ、と口元を押さえてみせる遙日にゆるゆると首を振って、ついでに小さなあくびと共に眠気を飛ばす。こんなもので飛ぶ訳も無いのだが、飛ばそう、という意思が大事なのだ。これは唯月と同じく朝に弱い割には唯月と違って寝起きの良い明謙に教えてもらった。(彼曰く、要するに気力の問題である。) まだ重たい瞼を懸命に開けて、唯月は天蓋のように降りてくる黄金色の髪の量が少ないことに小さく首を傾げた。耳の上から引っ張られているそれは、おそらく後ろで高く括られている。細くしっとりとした感触が、どうりで頬を撫でてくれない訳だ、と内心だけでため息をつく。 「はるどこか行くの?」 「うん、スタジオ」 「もう行くの?」 「剛士くんがね、朝なら時間取れるって言うから」 「そう、良かったね」 にこにこと喜色に輝く夜明けの空色をした瞳は、柔らかく細くなる。唯月の内心のため息が聞こえでもしたのか、視線と同じくらい優しげな指先が、頬をするりと撫でた。まだ櫛も入れていない髪を梳いて、耳へかけてくれる。 「唯月の曲早くマスターしたくて」 「まだ時間あるからゆっくりでも良いのに」 「や!たっくさん唄いたいじゃん」 「そう?」 苦く緩んでしまった頬を指が包んで、もう少しだけ顎を上げられる。ふあ、と浮かんだあくびは、素早く口唇を掠め取った遙日に吸い取られた。そういえばおはようのビズもしていなかったな、と──きっと遙日も同時に気付いた──僅かに首の角度を変えて、頬を合わせる。ちゅっ、と遙日がわざと鳴らすリップ音が耳元に擽ったい。 KiLLER KiNGでリリースするアルバムに収録される曲の内、四曲は自分たちで作ろうというのは、もう三枚ほど前からの習慣になっている。自分で作った曲を自分で唄ってもいいし、メンバー内で交換してもいいし、作詞と作曲で共同作業にしてもいい、と自分たちらしく緩い制限の中で作る曲は、とりあえず今までのところは好評価を貰っている。今回も一曲ずつ、となった時、唯月の作った曲を唄いたいとそれこそみっつ前のアルバム製作時からずっと主張していた遙日の願いを、今回ようやく唯月は叶えることにした。──というか、叶えさせられることになったというか。今回の曲は、半分は遙日のリクエストでもある。 「あ、やば、こんな時間」 「金城さんどのくらい居られるって?」 「十時くらいには迎えが来るって言ってたから、そのへん!」 間に合ったら唯月も来てね、ともう一度頬にキスを落として、遙日はひらりと手を翻しつつ慌ただしく出て行った。玄関のドアと鍵が閉まる音を聞いてから、唯月はゆるりと瞬く。先程遙日に吸い取られたあくびを改めて口唇に乗せて、一度力を抜いた。ソファに深く沈んで、ぼんやりと壁にかけられた時計を見上げる。 スタジオに剛士がいるのなら唯月も少しは顔を出しておきたいが、そのタイムリミットにはまだ四時間もあった。随分早くからレッスンしてくれるのだな、と感心しつつ、唯月は再び瞬いた瞼を下ろしたままにする。もう一度すぐに眠ってしまう程の眠気はもう無いが、閉じていた方が心地が良い。 あくびに伴う涙がじわじわと瞼の裏へ溜まっていく程度の時間で、玄関の鍵が再び回る音がした。忘れ物だろうか、と目を閉じたまま気配を窺えば、耳慣れた、しかし遙日のものではない足音がまっすぐにリビングへ向かってくる。そういえばそんな時間か、と薄く目を開けば、先程の遙日と同じように背もたれ越しにひょい、と小さな頭に覗かれる。 「あれ、起きてた。おはよう」 「おかえり、との。おはよう」 片眉を軽く上げて、日課の朝ランニングから帰ってきたばかりの弥勒は唯月の頭をくしゃりと撫でる。元々唯月などより体温の高い大きな手は、運動後だからか更に温かかった。心地良さに目を細める前に、白い指は無造作に離れていってしまう。 「遙日と一緒に出なかったんだ」 「会った?」 「エレベータですれ違ったよ。スタジオだって?」 「金城さんが」 「ああ…」 双子は──特に唯月は──言葉が足りなすぎる、といつまで経っても眉を顰め続ける弥勒も、良い顔はしないものの、唯月たちの言葉の少なさにとうに慣れている。会話が成り立つんだから良いじゃないか、とは怒られるから言ったことは無いが、それでもこうして理解してくれている内は唯月に改善の意思は無い。なんだかんだ許してくれる優しさがあればあるほど、全力で甘えにかかる所存だ。流石の唯月も弥勒や明謙ほど近い関係で無いとここまではしないが。 唯月の短い言葉で状況を理解したらしい弥勒は、キッチンで手早く作業を進めている。プロテインを用意しているのか、ただ水を飲もうとして洗い物が気になったのかは知らないが、僅かな流水音と食器が軽くぶつかる音を聞きながら、唯月はふわ、ともう一度だけあくびを溢しておいた。これで最後だ、と決めて、のろのろとミネラルウォーターへ腕を伸ばす。 水でも飲めば目も覚めるかと──既に寝室でふた口分は飲んでいることは置いておいて──期待を寄せる気持ちとは裏腹に、体は軋んだブリキのように動きが鈍い。また眠くなってしまいそうだなあ、と他人事に思い始めた頃、唯月の頭の上を長い腕が横切って、ペットボトルのキャップを指先に引っ掛けた。手前に倒すように引き寄せた腕は、難なくバランスを保ったそれを唯月の手の中へ置く。同時に、背もたれ越しに身を乗り出す為に唯月の背をぐっと押していた反対側の腕が肩を引いて姿勢を戻してくれる。 「ほら、飲んで」 「うん…」 急かすように肩を軽く叩く弥勒に促されて、またものろのろとした動きでキャップを捻る。緩慢に傾けたボトルからこくりと飲み込めたのはひと口分で、同じくらいの分量が残るペットボトルは、唯月が戻そうとする前に弥勒に底を押さえられた。口唇を離す間も無く、つい今しがた自分で傾けたのより大きな角度でペットボトルが持ち上がり、口の中に容赦なく水が流れ込んでくる。 ひどいなあ、と僅かに細めた視線だけで訴えても、弥勒は平然とボトルの底を押さえたままだ。全てが唯月の口唇の内側へ飲み込まれたのを見届けてから、何事も無かったように空のペットボトルが取り上げられる。 とはいえ残った水など一息に含んでも口内に余裕がある程度で、それでも唯月はゆっくりと飲み込んだ。こくりと咽喉が鳴る頃には、もう一度キッチンへ行った弥勒がきちんと分別までしてゴミを捨てた上でソファまで戻ってきていた。改めて見上げれば、見慣れたタンブラーを持っている。 「目、覚めた?」 「さめてたけど」 「どの口が」 はは、とわざとらしく爽やかに笑う弥勒の長い指の先、きちんと手入れされた短い爪が頬を撫で──たかと思えば、きゅっと軽くつねられた。ひどいなあ、と今度は口に出してみれば、すぐに頬を解放した指がひらりと翻る。 「金城さんが見てくれるなら唯月も早く行きなよ」 「でも十時まで居るって」 「随分長い時間要求したんだな」 「はるがね」 僕のせいじゃない、と言外に含めて肩を竦める。呆れた風に弥勒も肩を竦めて、しかし口はプロテインの入ったタンブラーで塞いだ。とりあえずはノーコメントらしい。 「まあ、ギターも張り切ってたしな…」 「そっちがメインだから僕が行ってもなあって」 「いや行きなよ、唯月の曲なんだから」 冗談だよ、と言う前に、再び髪がくしゃりと撫でられた。大きな手は水に触れたからか、先程よりも温かくない。 「そういえば気になってたんだけど」 「うん?」 「なんで急に遙日に曲あげたの?頑なにやらせなかったのに」 長い首が傾いで、宝石の瞳が流れる。ぼんやりとその整った顔立ちを眺めていれば、もう一度タンブラーへ口をつけた弥勒はようやくソファの隣りへ腰を下ろした。近付いた体温は、やはりまだ熱い。 「…別に頑なだったわけじゃないんだけど…」 のんびりと瞬いて、唯月も首を傾げる。 確かに、唯月が書いた曲を唄いたい、と遙日はずっと言っていた。もう何年も言っていた遙日を、唯月が全て曖昧に躱していたのも事実だ。だが別に、絶対に嫌だとか、特別にこれと言える理由がある訳では無い。理由はもちろんあるにはあるのだが、どうしても他人には説明がし難い。 「それに珍しくラブソングじゃん?唯月そういうの書かないのかと思ってたから意外だったんだ」 「そう…?」 「まああれをラブソングってだけで括っていいのかはちょっと微妙だけど」 ひょい、と片眉を上げる弥勒を真似して、唯月も眉を上げておく。 「まあ…はるのリクエストだったから」 「ラブソングが?」 「そう」 「まああいつはあいつでラブソング作るの禁止されてるしな…」 苦く笑う弥勒のどこか遠くを見る視線には、何も言わずに口を閉ざしておいた。首を傾げれば、ゆるく結んでいた髪がひと筋ほつれて肩を滑る。 厳密に言えば禁止というよりは改善が見られれば検討するという程度の軽いものだけれど、それでも遙日にラブソング作詞禁止令が出たのは、一年は前だ。社長直々にそろそろやめておけとストップがかかったそれは、なんてことはなく、どの曲をどう聴いてもどうしたって相手が唯月のことだと判ってしまうからだった。シチュエーションや関係性を変えたところで、端々に匂わせる描写が逆に判りやすい、と夜叉丸でさえ頭を抱えたそれを、当時、遙日と並ばされてまで言われた唯月は一体どうしたら良いというのか。あの時の社長室からこちら、この話題には唯月は何もコメントしないことにしている。 更に言えば、その気まずい忠言のおかげで、唯月もラブソングを書きづらくなってしまった。元よりそこまで恋愛方面の歌を書くような感性は無かったけれど、それでも無意識にも避けるようになったのはあれからだろう。 他人が見ても判ってしまうと、否が応にも気付かされたのだ。遙日のきらきらとした綺麗な恋ならともかく、自分のこの愛が、他人どころではなく遙日本人に伝わってしまったらと思えば、想像だけでもゾッとする。 普段の生活であれば、自分の気持ちなど見せたい分だけ見せたい人にだけ見せることは唯月にとっては簡単なことだった。どの言葉を使えば、どの表情を見せれば、どの行動をすれば遙日が隣に居てくれるかなど、それこそ生きてきた分と同じ年数で体現しているのだ。今更作詞程度でボロは出さない自信もあるにはあるが、されど作詞、でもある。端々の意図を読み解かれてしまったらどうしようも無いし、かといって曖昧な表現にしておけばそれこそ遙日本人がこれはどういう意味、と無邪気に尋ねてくるのは、既に経験済みでもある。それは愛情に限らず、遙日が唯月のことを何でも理解したいと思ってくれているからこそだ。 理解したいと思ってくれているからこそ、唯月の感情を全て晒すわけにはいかない。ほんの少しでも重たいと思われてしまったら、ほんの少しでも逃げ腰を見つけてしまったら、唯月はそれを許せないかもしれないし、哀しくてどうなるかも判らない。 追いかけてきてくれる内は、遙日は傍に居て愛を向けてくれるのだから。 「まあ別に…特に意味はないけど」 これならいいかな、と思ったラインを書いた、という本音はいつもの無表情の下に隠して、小さく肩を竦める。そのまま膝を胸に引き寄せて両足を抱えれば、弥勒の頭がゆるりと揺れた。やれやれとでも言いたげなその小さな頭は、いつ見ても綺麗な形をしている。 「ま、あれなら誰にもバレないんじゃない」 呆れた声音の呟きには、素知らぬ顔で目を逸らした。明謙や弥勒は殆ど全てを判っている上で、割と黙っていてくれる。 「………とののことかもしれないしね」 悪戯にくるりと視線だけを向ければ、運動後でいつもより更に血色の良い白い頬は、にやりと緩んだ。それでも柳眉はぎゅっと嫌そうに歪む。 「それは別に良いけど、遙日にぎゃーぎゃー言われるのは嫌だからね」 「ふふ、判った、はるには言わない」 くすくすと膝へ顔を沈めれば、また大きな手がくしゃりと髪を撫でてくれる。こうして冗談に紛らわせても見逃してくれる甘さを、唯月はいつまでだって利用してしまうのだろう。遙日とは違う意味ではあるけれど、唯月にとって弥勒も明謙も、大切な愛すべき家族であり、一番甘えられる相手である。 そこにある打算をも愛してくれる家族など、きっとこの世界中でこのふたりしか居ない。 (後略)