皇帝陛下と二人の皇太子
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184P 異世界トリップファンタジー第10弾 その日は朝から慌しかった。 ヒタチからの使者一行が王都を経って40日程経っていた。そして3日前、港に到着したヒタチ皇太子一行が王都へやって来る。高耶も直江も皇帝皇妃として、国賓を迎えるのだ。そんな背景の中、高耶は苦手な礼服を着て謁見の間の椅子に座っている。7年一国の王妃様をやっているのだ、いい加減慣れた。だがやはりこの、映画のセットにしか見えない、壮大な綺羅綺羅しさは何度見ても凄いと思ってしまう。 目の前にはヒタチ皇太子と側近達が立ち並んでいた。片手を胸に当て頭を垂れていた皇太子は、ゆっくりと顔を上げる。その瞬間広間にざわり、と音にならないざわめきが広がった。少しぼんやりしていた高耶は何だ?と顔を上げ正面の男に見入った。 「ッ」 声を上げなかっのは、運が良かっただけだ。 「この度は謁見のお赦しを頂き光栄です」 相手は一国の皇太子だが、立場的にはエチゴの方が上になる。しかも『皇太子』と『皇帝』の差は小さくない。恭しく礼をとり簡潔な言葉を発したのは、低く通る声だった。 「……ぁ……」 その声を聞いた途端、高耶は無意識に目を瞠っていた。 「……」 何故かゴクリ、と喉が鳴る。 似てる……高耶はヒタチ皇太子の声が、直江のそれと似ている事に驚いた。しかも顔の造りが声以上に酷く似通っている。恐らく皆同じように思っているだろう。先程のざわめきの意味が分かり、高耶は内心頷いてしまった。 上がってしまった心拍を押さえる為に、数回深呼吸をすると途端に直江の様子が気になった。 「……」 チラ、と横に座る直江を盗み見する。だが男の表情は全く動いていなかった。低頭している臣下達は思った通り、皆が皆ではないが驚きを隠しきれない顔をしている。 「……似てる……」 思わず毀れてしまった言葉。 前に高耶は自分にそっくりな少年に出会った。少年は今では幸せに穏やかに暮らしていると思うが、それでも見た時は高耶は無論、周りの者達も大層驚いたものだ。そんな過去を思いながら、高耶は皇太子を見詰めていた。 元の世界でも、友人や知り合いによく似た人間を見た事はある。だが高耶自身は一度も遭遇しなかった。だからなのか、余計に驚きとそれとは別に、何か不思議な感覚を覚えてしまう。 目を丸くしてまじまじと見下ろしていると、ス、と皇太子の視線が高耶に流れた。 「ッ」 思わず躯を引いてしまった。 皇太子の薄い碧の眸は、まるでエメラルドのようで。透き通った碧の強い力で見据えられ、そのまま見詰め合う形になった。 直江とは違う濃赫の燃えるような髪。肌の色も割りと色白の直江とは違い、東南アジア系のように浅黒かった。 「……」 黙ったままただ見返している高耶に、ふわ、と皇太子の表情が緩む。優しい空気が高耶にも伝わってきて、無意識に微笑んでいた。そんな高耶は知らない、横に座る直江の顔から完全に表情が消えてしまっている事を。 「……」 高耶が皇太子を見て、皇太子が高耶を見詰める。その光景に薄紫の眸は、酷薄な光を浮かべていた。 直江自身、皇太子がよく似ているとは思っている。だが、だから何だ、としか感じない。顔貌が似ているからと言って、直江にとってそこに意味など全く無いのだから。無論高耶と酷似していた鳥越を見た時も、何の感慨も感じなかった。直江にとって〟高耶〝は〟高耶〝であって、他の何者でもない。 そして男の中にある区分(・・)は明確に〟高耶〝と〟高耶以外〝と 何ともシンプルに出来上がっていた。 基本的に直江は、高耶の黒い眸に自分以外の姿を映すのを認めていない。同時に仕方がない、とも思っている。実際高耶が直江だけしか見ないで生きていくのは不可能だからだ。だがそれでも希望、欲望は変えようがなかった。そんな皇帝の前で皇妃が他の人間に見入っている図は心を冷やすのに十分だった。 初めての第三大陸からの来賓を向かえ、王宮は緊張とお祝いムードが広がっていた。そんな中謁見は一応の挨拶を終え、晩餐会へ移った。来賓を招いての晩餐は、大食堂で無限に広がる無数に長いテーブルにエチゴの主だった貴族などの上流の者達、そしてヒタチ一行が着いた。中央には直江と高耶が並んで座り、次の上座には皇太子が、横にヒタチの側近が付いている。 静かに直江が立ち上がると、それまで騒めいていた空気がピタ、と止んだ。シンと静まり返った大食堂のホールにいる数百の人間達が皆、直江の言葉を待っている。 「この度、大陸を越えてヒタチの国から皇太子が我が帝国エチゴへやって来た」 直江の声が高耶は好きだ。殆どの人間は冷たいと感じるだろう。実際冷たい。だが、高耶はその冷えた感じが良いと感じてしまう。要は『直江のもの』ならば何でも好きなのだ、高耶は。 「これは喜ばしい事だ、これからのヒタチとエチゴの安泰と繁栄を願い」 そう言って直江は、杯を掲げる。皆も同じように座った状態で杯を上げた。 無言で高耶と直江が飲み干すと、続いて皇太子が飲み干す。そして数百人の者達が杯を一気に煽るのだ。 直江が席に着くと、空気が緩み夫々の会話が始まる。その簡潔さにヒタチ一行は目を見張った。普通なら国王が長い挨拶や形式的な話をしたりする。少なくとも第三大陸の国々はそうだ。だがエチゴ皇帝は、一言二言で終わらせてしまった。 「……」 皇太子は静かな目で直江を見ている。そんな皇太子を高耶はこっそり観察していた。 間近で見ると、やはり似ている。高耶の横に座る皇子達などは、遠慮も忘れまじまじと眺めていた。そんな視線に皇太子が振り返ると、 「ッ」 慌てて二人は視線を反らすのだ。だがそんな見え見えの行動が気付かれない筈もなく。