皇帝陛下と無明の残影
- Digital900 JPY

183P 異世界トリップファンタジー第13弾 ここはエチゴ王宮の西塔の奥にある後宮だ。どの場所からも遠く、そして足を踏み入れ難い。訪問が一番厳しく制限される区域だった。だがそれは数年前までの話で。今も確かに制限は厳しいが、以前程閉鎖的な空気は消えていた。 現皇帝、直江は20数人の愛妾を後宮に抱えていた。だがそれは7年前までの話だ。今の後宮にはたった1人の愛妾が住 む空間となっている。愛妾、とではなく愛妾(・・)だった(・・・)、が正し いのだが。 高耶を正妃として迎え入れた直江は、それまであった後宮を解散した。前王の時代は100人近い側室、愛妾がいた事を考えれば規模は小さいが、それでもあって当然で、数百年続いた王宮の後宮を無くす事には内外から異論の声も上がった。だがそれらを一切聞かず、直江はさっさと後宮を廃止してしまった。 直江の決断を、高耶は何も言わず見守っていた。もし、一旦後宮に入ってしまうとその後の婚姻、立場などが悪くなるならば口を挟んだろう。だが実際はその逆だったのでその辺の心配は高耶には無かった。 〟皇帝の愛妾だった〝事実は一種のブランドになっていたのだ。 他国の皇女、エチゴ貴族、有力者の息女などが皇帝の元へ上がるのだ、それなりのバックグラウンドを持った女達ばかりだった。女達は家に帰されても、後宮にいた事は何の障害も無く他者へ嫁げるだろう。反対にその経歴は、あからさまなプラスになるのだ。 問題だったのは、直江自身に未練のある女達だ。愛妾の誰1人として寵愛を得る姫はいなかった。もし誰かいれば諦めも付いただろう。だが、直江は均等に平等に、誰をも愛さなかった。 誰も愛さない皇帝……ならば自分が選ばれるかもしれない、正妃の座に収まる事が出来るかもしれない、そんな風に無謀な夢を持つのだ。そんな中ポッと出てきた高耶に対し、いくら伝承の聖なる存在だとしても、憎しみを持たないでいられる筈もなく。それは高耶も十分認識していた。 結局は皇帝の決定に逆らう事は不可能で、決定から僅か1週間と言う早さで後宮は解散した。愛妾達は、ある者は晴れ晴れとし、ある者は陰鬱な表情で王宮を去っていったのだ。だが、 「これ、愛(めご)姫が作ったのか?」 「ええ、お口に合って良かったです」 今高耶とのんびりお茶を飲む女は1人、誰もいなくなった後宮に腰を落ち着けたのだった。 愛(めご)姫は、後宮の中でも最年長だった女だ。今は既に無い国 の皇女だった女は直江への服従の証にエチゴへ送られた。だ が愛(めご)姫が嫁いで2年経った頃だった、エチゴから少なくない 援助を受けていた国が反旗を翻したのは。側近に唆されての挙兵だが、そんな背景はエチゴには関係のない事だ。反乱は僅か4日と言う短さで鎮圧され国王、側近達は悉く処刑された。 殺された父王を女は哀れんだ。哀れんだが同情はしなかった。直江に対し、恨みも抱かなかった。 哀しみはあったが憎しみは無かった。 誰が見ても愚かなのはその国の方だった。突然エチゴの国境を侵略し村を焼いた。直江が徹底的に潰したのは当然の処置だ。当然だが、感情はそうはいかない。いくら非があろうとも、相手は父親だ。殺し滅ぼした直江に対し憎しみが生まれてしまう。だが女は違っていた。それが読めない直江ではなかった。 客観的に、父王の死を判断し認めたのだ。だから直江は数 いる愛妾の中で、愛(めご)姫に一目置いていた。 年も唯一、直江よりも上な所為もあり落ち着きをはらっていた。聡明で思慮深い姫で、他の愛妾達からも慕われていた。そんな女は後宮が閉鎖される事になった時、残る事を希望した。国も無くなり、帰る所などありません。出来ればこの先の生涯をこの場所で静かに穏やかに過ごしたい、そう申し出た願いを直江は聞き入れたのだ。無論他にも後宮に残りたい、 と言う愛妾もいたが、女達は愛(めご)姫と違い直江への未練故の言 葉だったので、それは悉(ことご)く(と)却下されたのは言うまでもない。 直江は35になる。愛(めご)姫はそれよりも8つ上なので43だっ ていた。高耶は自己計算だが、生まれてから44年経っているので同年代だ。もっとも17、8の少年にしか見えないのだが。その事については、高耶は深く考えないようにしていた。そ こにある何(・)か(・)が怖かったから。 「私には時間だけはたくさんありますからね」 そう言って微笑む様子に、高耶は元の世界の母親を思い出す。43とは思えない若さと美貌を持つ姫には悪いが、雰囲気 が似ているのだ。だから高耶の中にあった、直江と寝た事の ある女、と言う蟠り(わだかま)も消す事が出来た。 「オレにも今度教えて」 「勿論ですわ」 姫の言葉ににっこり笑い、高耶はぽりぽりガレットを齧る。カップからはハーブの香りが鼻を擽り、高耶は丁度良い熱さのお茶を喉に流し込んだ。 「そう言えば」 優雅にお茶を飲む愛(めご)姫は、思い付いたように顔を上げた。 「ミヤから聞いたのですが、市井では最近面白い話が持ち上がっているとか」 「面白い事?」 興味をそそられたれ身を乗り出してくる高耶に小さく笑い、 愛(めご)姫は頷く。 「ええ、何でもエチゴの美女を競う大会が復活するとかしないとか」 「美女?競う?」 それって何?と首を傾げる高耶に愛(めご)姫は少しだけ驚いた 顔になった。 「高耶様はご存知ありませんか?以前あったのですよ、そのような大会が。しかし戦乱でそんな余裕は無くなりそれきりになってしまったんです」 「そうなんですよー、今巷ではその話題で持ち切りなんですからッ」 ふん、と鼻息荒い侍女に苦笑する。 「ミヤ、あなたも出てみてはどう?」 それは何気ない言葉だった。 「えッ?!あたしですかッ?!」 当然ミヤは大きな目を更に大きくて驚いてしまう。 「ええ、ミヤ、あなたとても綺麗だからいいのではないかしらね」 いい思い付きだ、とばかりに嬉しそうな顔になる姫に、高耶はへぇ、と感心してしまう。 「えーそんなぁ」 ミヤ本人も戸惑いつつ、エヘヘ、と嬉しそうだ。 「ミヤねぇ……うん、いいかも」 綺麗、の言葉に高耶もまじまじとミヤの顔を観察する。初めて会った時はまだ子供だったが、今では立派な大人の女……まではいかないが、それでも〟子供〝では間違いなくない。 そしてミヤははっきり言って、愛(めご)姫の言う通り所謂美系だっ た。無表情なら冷たく感じる綺麗な顔は、笑うと途端に美少女然とした表情を浮かび上がらせる。それにしても、 「ふーん、ミスコンなんかあったんだ」 感心して高耶はうんうん頷いた。 「みすこん?」 初めて聞く言葉に不思議がる姫に笑って誤魔化し、高耶はガレットを口に放り込む。 「でもその美人を選ぶ大会って噂だけ?本当に復活すんの?」 高耶も男である、ミスコン、と聞けば興味が湧くのは当然で。 「さぁ詳しい事は……」 チラ、と姫に見上げられたミヤが少し慌てて口を開いた。 「詳しい事は分からないのですが、でも盛り上がってますよ?」 褒められたのが嬉しいのか、ミヤの機嫌はとてもよろしいようだ。 「ふーん、じゃあ訊いてみるか」 1人納得しながら、口の中に残っているガレットをお茶で流し込んだのだった。 「ああ、そりゃ本当だ」 あっさり返事を返した男に、高耶は更に突っ込む。 「本当って?噂が?大会が?」 興味津々な皇妃様に詰め寄られているのは、丁度王都に戻ってきたいた将軍だ。城内にある千秋の私室を襲撃した高耶を、将軍は笑って迎え入れた。 「そうだな……どっちも少し違うな」 「意味分かんねぇな、はっきりしやがれ」 「口が悪いな、うちの皇妃様はよ」 「煩ぇな、とっとと答えろ」 詰め寄る様子を見ると、余程興味があるらしい。そんな高耶を千秋は鼻で嗤った。 「それは人にものを訊ねる態度か?」 ん?と嗤う千秋にグルグル唸ってみても効果などないのは知っている。 「……教えてよ千秋」 意味もなく、上目遣いで皇帝の従兄弟を見上げた。ものを訊ねる態度、そのものが抽象的で不可解なのだから仕方がない。だが千秋は高耶を見て、ニヤニヤと嫌な感じの嗤いを浮かべた。 「何だお前、可愛いこぶると可愛いじゃねぇか」 「……」 褒められたのか貶されたのか微妙な所だが、とりあえず賢明な高耶は黙っていた。