不思議の国のお后さま
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48P 裾は花のようにふんわりと、袖はパフスリーブになっていて、白いエプロンンのようなレィスで飾られています。そんな青いドレスを着た少女はご機嫌斜めな様子で大きな幹に寄り掛かっていました。 旦那さまったらずっとご本を読んでいるわ。後で遊んでくださるって言ったのに。可愛らしい少年は不機嫌そうに唇を尖らせ立ち上がりました。お庭をふらふらと歩いている様子はとても不機嫌そう。 少年はエチゴの国の皇妃さま、艶やかな黒い髪と漆黒の眸がとても可愛い少年です。そして皇妃さまは旦那さまがとてもお忙しので少々拗ねておいででした。 「ってッ!違っげーだろ!」 おや、皇妃さまはご立腹、一体どうした事でしょう。 「お前だお前ッ!適当な事言いやがってッ!」 お淑やかとは程遠い仕草で立ち上がった皇妃さまは、青いドレスに付いた落ち葉をパンパン叩き落としました。 「って言うか、何でオレがドレス?」 頭を抱えつつ、疲れてしまった様子の皇妃さま。皇妃さまは退屈そうに頭をポリポリ掻きながらお庭を歩いています。ああ、そんな風にポリポリ掻いたら綺麗なリボンが取れてしまいますよ。 「……いいから取れて……」 溜息を吐いた皇妃さまはそのままふらふらしていたのですが、ふと、顔を上げた時、 「あ?」 視線が一点で固まってしまいました。 「……何あれ……」 思わず独り言が零れます。無理もないでしょう、何故なら広大なお庭の一角にある巨大木の根元辺り、そこには不思議なものが動いていたのですから。 「……」 皇妃さまのはじっと、その奇妙なものを見詰めています。それは、 「……直江?」 いやいや、あれが皇妃さまの旦那様、エチゴの王様の筈はありません。何故ならそれは、どこをどう見ても〟兎〝だったのですから。 可愛らしい兎のどこが皇帝に見えたのか、それは皇妃さ まの面白い(・・・)精神構造ならでは、の事なのでしょう。 「うるさい、面白いって言うな」 少しだけムッとした皇妃さまですが、やはり視線は白い兎に釘付けです。 大きさは皇妃さまの半分位、白くて長い耳はピンと立ち、耳と同じく真っ白でふわふわの尻尾が可愛らしく揺れています。茶色のベストと緑色のチェックのズボン、そして、 「ああ忙しい忙しい」 そう言いながらベストのポケットから懐中時計を取り出すと、顔を顰めまた仕舞いました。 「ああ忙しい忙しい、時間に遅れてしまう」 兎は慌てた様子で走り出すと、それにつられて皇妃さまも、 「あ」 追い駆け始めます。 「拙いぞ拙い、時間に遅れる」 そう言いながら兎はぴょん、と目の前の兎穴に飛び込んでしまいました。 「あ、待てッ」 そんな風にされれば、 「うりゃッ」 つられて後を追ってしまうのは何らかの習性かもしれません。 「え?あ」 そして気付いた時には、 「ぅわわわわわああああああーッ!」 暗くて小さい穴を真っ直ぐ、落ちてゆくだけなのでした。 「ちょちょちょーッ」 地球でなくとも引力はあるようで、皇妃さまは真っ直ぐ真っ直ぐ落下しました。小さくて浅い兎の穴だと思ったそこは、落ちてみると結構な大きさでした、皇妃さまが両手を広げても壁に触れない程の。長さはとんでもなく、直線に真っ直ぐ落ちていく皇妃さまなどは、このまま世界の裏まで落ちていくのではないか、と不安になる程で。 「うーわー」 初めの内は、どうしよう、どうなるのオレ?とグルグルになっていたのですが、延々落ちているとその内慣れてしまいました。真っ直ぐ穴を落ちていく中で、穴の壁に色んなものがある事に気付きます。 「お」 咄嗟に掴んだポットに困っていると、 「ん?」 今度はカップを見付け掴みました。 喉が渇いていた皇妃さまは、熱々のお茶が入っていたポットから、白いカップへ注ぎます。 「ぅん……中々美味い」 穴を落ちながら、優雅にこくこく飲んでいると、 「腹が減った」 そう言えばお茶の時間です。なのに穴の中を落ちている最中なので食べる事が出来ません。そう思うと余計にお腹は空いてしまいました。 「あ」 と、今度はカップケェキを見付けました。 「よ」 落ちながら器用にカップケェキを取ると、口の中に放り込みます。 「もぎゅもぎゅもぎゅ……美味い美味い」 クロテッドクリームとマァマレイドジャムが乗っているシンプルなカップケェキを片手に、もう片方の手にはお茶の入ったカップ。皇妃さまはのんびりお茶の時間を過ごしながら、兎の穴を落下していました。 お茶を飲みカップケェキを食べ、お腹が落ち着いた皇妃さまはそろそろ穴を落ちているのに飽きてきてしまいました。 「まだかな」 まだかなまだかな、と思って見下ろしていると遥か下方、穴の終点に何とあの兎がいるではありませんか。 「いたッ」 ここまできたら、何としてもあの兎を捕まえなければなりません。 「早く早く~」 地面はまだ少し先で、皇妃さまは慌てます。その間にも兎は走っていってしまうのですから。 「ああ忙しい忙しい」 服を着た兎は大変に愛らしいのですが、どうしても皇妃さまの目には違うものに見えてしまって仕方がありません。 「時間に遅れてしまう」 茶色のベストに懐中時計を仕舞うと、兎は走って行ってしまいました。 「あー」 と思っても、まだ地面は先です。皇妃さまは仕方なく落下が終わり到着するのを待つのでした。