反乱者たちの明日
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サイズ:A5 ページ数:52 OAV三本『反乱者』、『決闘者』、『奪還者』の内、唯一題材として取り上げなかった『反乱者』。その『反乱者』に登場したアラヌス・ザイデル伍長を中心に、駆逐艦『ハーメルンⅡ』搭乗員達、天文学志望のシュミットや家族から敢えて失踪を装って徴兵に応じたヴントたちの後日譚を、キルヒアイスと絡めて描きます。 ■ 構成: (1) 帝都にて (2) 三人の来訪者 (3) 回廊の会戦 (4) 帝都にて、再び
(1) 帝都にて
「申し訳ありませんが、本日は満室でございまして……」 彼が受付に立つと同時に、一分の隙もなく整えた服装のホテルマンが、完璧な営業用の微笑と共に、いかにも残念そうに言う。シュロスホテル・アム・カイザープラーツ、旧帝都(オーディン)でも指折りの高級ホテルに、今の自分の服装は余りにも相応しくないか……と彼は自らの装いをあらためてみる。前の仕事のスケジュールが押していて、旧帝都(オーディン)への最後の直行便に飛び乗ったのが一〇数時間前。宇宙港(テンペルホーフ)に降りる前に服装を改める時間はあると言えばあったのだが、何よりも気分的な余裕がなさ過ぎた。結局、仕事を上がるときに着込んでいた作業服のまま、ホテルまで車を乗り付ける羽目になった。 「確かに夜遅くに済まねぇな、連絡を寄越してる暇もなかったし……」 言いながら、彼は作業(ジャン)衣(パー)の内ポケットを探り、カードを差し出した。怪訝な表情で受け取ったホテルマンの表情が、カードを一瞥するなり一変する。何の変哲もないカードである。その一画に小さく刻まれた黄金の有翼獅子の刻印を除けば。 「大変に失礼を致しました。アラヌス・ザイデル……退役大尉……さま、でいらっしゃいますね。お部屋はご用意させて頂いております」 「さまって呼ばれるほどの身分じゃないが……悪いな」 カードを処理端末に通し、スクリーンの上に軽く指を走らせたホテルマンが、恭しくカードを返して寄越すと、自ら小走りにカウンターを走り出て彼の案内に立った。 ほんの二週間ほど前に、予告もなく届けられたカードの送り主の名は、帝国大公ジークフリード・キルヒアイス元帥。カードは、彼……アラヌス・ザイデル退役大尉に対する戦没者慰霊祭への出席を要請するメッセージを伴っていた。 メッセージは出席拒否の選択肢を許していた。最初、出席を断ろうかと思った。慰霊祭ゆえ、華やかすぎる式典というわけではない。死者は悼まれ、偲ばれなければならないとは思う。しかし、何か違う。何がどう違うのかを言葉に出しては言えないものの、来賓などという立場で出席するのは違う。そう思わずにはいられなかった。 欠席の回答をすべく超光速(FT)通話(L)の端末に向かったときだった。これも不意打ちのように入った超光速(FT)通話(L)が、彼の出鼻を挫いたのだ。 『お久しぶりです、伍長』 スクリーンに現れたのは、いかにも学者然とした、ただし、まだその道の権威と言われるには何十年も早いと言われそうな若者の姿だった。 「ああ、久しぶりだな。元気でやってるのか、シュミット一等兵」 『ええ、おかげさまで、なんとか研究を続けさせてもらっています……それで、伍長……』 「ひょっとしてお前んところにも届いたのか、この……」 一見、何の変哲もない電子カードにしか見えないそれを、彼はかざして見せた。応じて、スクリーンの中のシュミットも、両手に捧げ持つようにしてカードを示した。 『出ますよね、伍長?』 「ん?」 『その……シャミッソー大佐から、その……連絡があって、伍長が、ひょっとしたら欠席されるんじゃないか……と』 「相変わらず、お節介な人だ……そうか、大佐になったんだな、あの人。そいつぁ、よかった」 シャミッソー大佐……彼が帝国軍を退役し、今の仕事に就いた時の、彼にとっては軍で最後の上官だった。そして、あの戦いを共にし、あの戦場から共に帰還した戦友(カメラード)の一人でもある。 『経緯(いきさつ)は大佐から聞きました。ええ、ディーツやコリントからも……です』 「あいつらも招待されてるのか」 『ええ、全員だそうです。『ハーメルンⅡ』の搭乗員だけじゃありません。『エルムラントⅡ』、『ヘーシュリッヒ・エンチェン』、『ノルデンⅦ』、『タンホイザー』……生き残りの搭乗員達は一人の例外もなく全員が招待されています』 「そうか……まあ、あの人ならそうだろうな」 『伍長……あの方々の前に、誰が俺たちの素性を聞いてくれました? 俺たちの為に怒ってくれました? 俺たちの為に、同じ士官に銃を向けてくれたし、俺たちを……』 「もう良い、シュミット。俺だって、皇帝(カイザー)や帝国大公に意趣を持ってるんじゃねぇ。あの戦いさえなかったら……な」 『確かに慰霊祭なんて開いたところで、死んだ者たちがかえってくるわけじゃないです』 シュミットの口調が微妙に変わり、彼……アラヌスは眉を上げた。 『旧王朝の時代も慰霊祭だけなら毎年行われていましたし、あの頃の皇帝だって、一応、涙は流して見せてましたしね……ですけど、俺は信じてます。あの人は目薬なんて必要としない。本気で、死んでいった者たちを悼んで、泣いてくれます。皇帝(カイザー)だって、お元気なら必ず、俺たちと一緒に涙を流してくれる……伍長、泣くくらいなら、馬鹿な戦いなんかするなって言うのは無しです』 一応、学者の卵である以上、一般教養として歴史学の端っこくらいは囓っている……シュミットはそう言って、苦笑する形に眉を歪めた。あるいは泣き出しそうになって、それをこらえたのかも知れない。 『歴史ってそういうものじゃないですか。皇帝(カイザー)が病に倒れられることがなかったら、ロイエンタール元帥は叛しなかったかも知れない。帝国大公が新領土に関わりすぎることなく、新帝都(フェザーン)にいれば、やっぱりロイエンタール元帥の叛乱は起きなかったかも知れない……でも、現実は違いますよね。現実に起きてしまったことを、俺たちは否定できないし、それを食い止められなかったって言って、皇帝(カイザー)や帝国大公を責めることはできない。どうしようもない歴史の流れって奴は本当にあるんですよ』 「いいよ、わかった。そんな言葉を山積みにするこたぁねぇよ、シュミット」 『じゃあ?』 「俺も久方ぶりにお前たちに会いたいし、シャミッソー大佐やインマーマン少佐にも、もう一度会っておきたいからな……ただ――」 『……リーゼル……さんですか?』 その名を、シュミットは言い辛そうに口にした。 「ああ」 指先にくるくるとカードを弄びながら、アラヌス・ザイデルは顔を歪めた。畏れ多くも皇帝陛下の紋章を刻印したカードを、ゲーム用のカードよろしく弄んでいたのでは不敬の罪に問われるか……とも思う。無論、あの(キルヒア)人(イス)が、そんな些細なことを咎めるような人物であるはずもない――と思い、アラヌスは大きく息を吐いた。 「なんだ、俺も結局は信じてるってことだな」 スクリーンの中で、シュミットがようやく笑顔になって頷くのが見えた。ただ、声は来なかった。彼が返答などを求めていないことを察していたに違いない。 「リーゼルに許可をもらったら出席する。大佐たちにはそう伝えてくれ」 『分かりました……お会いできるのを楽しみにしています、退役大尉殿』 「俺もな、シュミット講師殿」 講師なんて『殿』と呼ばれるほど偉くないんですよ。単なる使いっ走りです……そう言って、シュミット……現在は帝国軍艦政本部の航宙研究所天体物理学研究室に勤務する若き研究者である……からの通信は切れた。
(二) 三人の来訪者
「あなた、お客様よ」 妻のマーヤが呼びに来たとき、アラヌスは既(デ)視感(ジャヴ)に似たものを感じた。何か随分前にも同じことがあったような、安定していた何かが微かに揺らぎ、大きな動きにつながっていくような、そんなどこか胸の奥底をひっかきまわされるような嫌な感覚が這い上がってくる。 「客……誰だ?」 アラヌス・ザイデルが故郷ニヴルヘイムへ帰還し、航宙エンジンの修理・整備の会社を立ち上げて一年余り。かつて『ハーメルンⅡ』先任軍曹を務めた人使いの巧さと、彼の名を聞いて集まってきた腕の良い元機関員たちのおかげで、漸く仕事は軌道に乗りつつあった。 マーヤは、頬に人差し指を当て、記憶を探るように眉の根に皺を寄せた。 「シャミッソー中佐とインマーマン少佐とおっしゃったけど?」 「シャミッソー中佐にインマーマン少佐だって?」 胸の裡で嫌な予感が鐘を撞き鳴らしたような気がした。シャミッソー中佐……『ハーメルンⅡ』砲術長、のちに少佐として同艦艦長となった人物である。もう一人のインマーマン少佐は言わずと知れた『ハーメルンⅡ』機関長。かつての直属上官だった。 二人ともまだ現役士官であり、『ハーメルンⅡ』からは離れたようだが、引き続いてローエングラム元帥府直属艦隊に属している……退役したとしても、古参の下士官たちのネットワークを流れる噂の量と質は健在だった。 「応接間にお通ししてくれ。直ぐに行く。ああ、あとコーヒーを頼むな」 「ええ……」 寄せた眉をそのままに、マーヤはすっと身を寄せてきた。眉の根に寄せた皺がそのままに、やや思い詰めた目が彼を見上げた。 「どんなお話かしら……お二人とも軍服を着ておられたわ。ねえ、聞いた? 帝都で大変なことが起きたって……」 「皇帝が誘拐されたって、あれか?」 新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)から現皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世が誘拐され、行方不明になったとの報道が帝国を震撼させたのはつい半月ほど前のことである。詳細は報道されなかったものの、皇帝はかなり長期間、発見されなかったという。その後の帝国政府の発表では皇帝は救出され、現在では皇宮にて療養中とされているが、噂は絶えない。 「あれは嘘だ。本当は皇帝は誘拐されたまま、行方が知れないのだ」 「皇宮警護の責任者であるモルト中将が自決したそうだ。皇帝が見つかっていれば、自決するまでのことはないはずだ」 「どうやら、旧門閥貴族の連中が噛んでいるらしい。皇帝を誘拐して、ローエングラム公への叛乱の大義名分にするらしい」 「近いうちに大規模な出兵があるかも知れないぞ……」 いずれもアラヌスの顔をしかめさせる内容ばかりだった。中には、ローエングラム公が旧門閥貴族の一派と通じて、自身の戴冠の障碍となる幼帝をわざと誘拐させたなどという悪意に満ちた囁きまで、彼の耳に届いているのだ。 「それは……話を聞いてみないとな、分からんな」 不安気に夫の背を見送り、それでもマーヤは客の案内のために踵を返した。